NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第2章 不可視の類似

#13

 響生はいかにも鍛えているといった躰つきをしている。写真を撮るのにいろんな体勢を強いられるという。確かに、かがんだり、何かを跨がったり、のぼったり、そうしながら焦点がぶれないようにカメラを安定させなければならない。
 ただ、無駄に鍛えているのではなく、響生の裸体からは艶めいた成熟感が窺える。環和はつい触れたくなって、腕に触れたり、首もとにしがみついたり、背中に手をまわして抱きついたりする。
 響生が反応を隠せない、最も弱点ともいうべき中心に触れたいとも思ってきたけれど勇気が湧かなかった。いま思いきれたのは、環和を抱くときの、手慣れた余裕ではなくて貪るようなしぐさの積み重ねと、ついさっき互いのごく個人的なことが語り合えて、少し自信が持てたからだ。

 環和がくるむように響生の中心をつかむと、それはくっきりと形を成してきた。わずかに先端へと手を滑らせれば硬度を増した。伴って、響生がくぐもった吐息を漏らす。
 環和は自信を得て、さらに手をうごめかす。けれど、自信は空振りだった。すぐに響生は環和の手首をつかんでやめさせた。
「女から攻めてくるセックスは嫌いだ」
 間近で環和を睨ねめつけ、響生は自信を砕くどころか屈辱を押しつけた。
「でも、反応してる」
「おまえのここと同じだ」
 云いながら、響生は環和の胸先を摘まんだ。性的な触り方ではなく、例えば響生が好んで食べるマカダミアナッツを摘まむのと同じで、あまつさえ指圧が尋常じゃない。

「――っ、イ、タイっ」
 環和が声を詰まらせて訴えると、響生はすぐに手を離した。
「気持ちよくなくても反応してるだろ」
 生理前になると躰を洗うとき胸先にちょっと当たっただけで痛くて反応するのだから、響生に証明されるまでもない。
「ひどい! 痛くする必要あるの?」
「ちゃんとわかってないと、また無謀なことをやるだろう。悩殺するのと娼婦のように振る舞うのとは違う。おまえのようなやり方も人によっては喜ぶだろうが――いや、大半の男は喜ぶだろうが、おれは嫌いだ」
 環和が精いっぱいで睨みつけても、響生が堪えるわけはない。

「帰る!」
 響生の上からおりると――
「濡れた服着て? バッグは捨ててあったけどな? 雨も降ってるのに?」
 環和が帰れない理由が並べ立てられた。
 きっと睨みつけても、どうする? と挑発するように響生は顎をしゃくる。環和はぷいと顔を背けて裸のままローソファのところに行くと、座りこんで散らかしたままのバッグの中身をテーブルの上に並べていく。
 響生はおもむろに立ちあがり、足もとに落ちたTシャツを拾ってからやってきた。傍にTシャツが落ちてきて、響生は何も云わずにリビングを出ていった。どこに行くのか、階段をおりていく。

 Tシャツをちらりと見やったものの、隠しても裸でもどうでもよくなってそのままにすると、環和はテレビをつけてソファにうつ伏せになって寝そべった。
 とたんに、いかにも可愛いといった声が耳に届く。奥沢京香だとすぐにわかった。ゼリーみたいに食べたくなるくちびるになると云って、くちびるを突きだし、リップをアピールしている。環和がこんなしぐさを真似ても、きっと滑稽なだけで京香には敵わない。
 京香はあの日、響生に媚(こび)を売っているように見えていたけれど、響生は環和のほかにはだれもいないと云った。少なくともいまは。いずれは――と考えて、ふと琴吹勇のことを思いだした。最近、京香と勇はドラマだったり映画だったり共演することが多い。もしかしたら付き合っているということもあるだろうか。

 いや、人のことなんてどうだっていい。持って三カ月ならもう一カ月は終わった。環和に残されたのはせいぜい二カ月だ。環和はため息をついた。
 響生には、近づこうと思っても打ち破れない壁がある。長く天涯孤独でいたせいだろうか。家族をほんの傍で亡くし、独りだけ生き残ったときどんな気持ちだったか、経験のない環和には想像の域を出ない。

 美帆子は、心底からやりたくてやっているのか、それとも自己満足のための偽善なのか、ずっと以前から――女優として成功したときから慈善活動で児童養護施設の援助をしている。
 心配する親がいて財産は心配なくて、あなたは幸せよ。金銭の援助のほかに顔を見せに行くことが一年に一度あって、そのたびに環和に云う、美帆子の口癖だ。
 恩を着せるつもりか、親だという自己主張か、環和は聞き流してきたけれどもっとちゃんと聞いておけばよかったといまになって思う。聞いていたからといって、響生を理解するのに役立つのかはわからない。
 施設は十八歳までしかいられないし、財産がないという子がほとんどで生きるのがたいへんだとか、人と関わりたがらない頑(かたく)なな子がいるとか。歓迎会を開いてくれたのよ、ともらった花を見せるときも美帆子は喜んでいるのではなくただの報告みたいに淡々としていて、あまつさえ、施設で暮らす子の負の面しか云わなかった気がする。
 それらの記憶を探っているなか、環和は足音を聞き逃し、その存在を察し損なった。

 カシャッ。
 いきなり足もとのほうから機械音が聞こえた。
 パッと振り向いたとたん、また同じ音がする。
「響生、何してるの!」
 無意識に傍にあったTシャツをつかみながら上体を起こした。
 驚くよりはむっと睨みつけると三度めの閃光を環和に浴びせながら――
「思ったとおりだ。要求呑むって云っただろう。写真、撮ってやってる」
 響生は悪びれもせず、無断で人の裸体を撮るなど良識ではあり得ないことを正当化した。

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