NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第1章 でも、好きかもしれない

#12

 環和の硬直した躰に同調するかのように、細い腰をつかんで中心を繋いだまま安西はぴたりと静止した。安西は何を云うわけでもなく、もともとなんの音も立たないベッドルームは真空になったかのように静寂がはびこった。
 呼吸をすることすら痛みが増してしまいそうで、息を詰めていた環和だったが、限界がくると喘ぐように口を開く。すると、最大の痛みはぴりっとした疼きへと緩和されていた。環和は用心深く、浅く乱れた呼吸を再開する。

「どういうことだ」
 険しい声は環和が悪者であるかのように責める。
「なんでもない」
 そんな言葉ですませるのは自分でもどうかしていると思う。自覚はあるのだから、他人にとやかく云われることではないと思うのに。
「どうかしてる」
 安西は冷ややかに吐き捨てた。そして躰を引き始める。
「んくっ……待ってっ」
 引きつるような痛みと、そして何か――なんだろう、それが環和を突き動かして、安西を引き止めた。

 聞いてくれる保証はなかったが、安西は引きかけた腰をとどめた。
「痛いならゆっくり……」
 と、声はぶっきらぼうながらも気遣うようで、環和は「違う」と再び安西をさえぎった。
「ヴァージンてうっとうしいだけ。どうせなら気持ちよくなりたいから。響生だからこそのメリットがあるって云ったよね。それとも、ヴァージンを気持ちよくさせる自信ない? わたしにセックス恐怖症なんていうトラウマを植えつける気?」
「うっとうしい、ってなんだ」
 気に喰わなそうに目を細めて環和を見下ろす。

「いまの響生みたいに、ヴァージンとわかったとたんめんどくさいって逃げちゃう人いるし、同年代の子だったら、こっちのことおかまいなしで終わって、わたしだけシラけてしまいそう」
 しおらしさとは無縁だ。そんな環和を呆れた面持ちで安西が見下ろす。
「いったいなんなんだ」
 独り言のようにつぶやき、いったん目を逸らした安西は環和に目を戻すと罰を与えるように引きかけていた腰を押しつけた。
 んんっ。
 鈍痛、もしくは違和感に環和は呻いた。安西はけれど、容赦しないとばかりに膝をそれぞれに腕に抱えて持ちあげた。環和の躰を折るようにしながら安西は前倒しになる。
 安西のそれが最奥に到達したのを感じた。痛みと見紛う、ずんとした痺れを感じて環奈は息苦しく喘いだ。
 そうして膝を抱えたまま、安西は環和の腋の下に手をついて伸しかかった。

「疲れてるとセックスしたくなる。逃げる余地を二回も与えたのに逃げなかったのはおまえだ。おまえが慣れるまでシラけないようにするのはおれの最大の温情措置だって憶えとけよ。しばらく、このままじっとしててやる。痛くなくなったら誘え」
「さ、そえ……って?」
 最初のような痛みがあるわけではないけれど、躰の最奥はやはり呼吸する微動さえ敏感に察知しそうで、環和は慎重に途切れ途切れで問い返した。
「自然とわかるはずだ」
 安西はそう云って黙りこんだ。

 環和からすれば不自然極まりない恰好だ。しかも真上から直視されて気まずさもさることながら、恥ずかしいことこの上ない。かといって、安西から目を逸らせば弱みを晒すことになりそうで、それもできない。
 唯一、逃げられるのは意識だけだ。自ずと、環和の意識は躰の中心に向かう。
 そこはすき間なく安西のモノでいっぱいに埋め尽くされている。呼吸一つで摩擦を生むほどだ。それは環和の中がまっさらだったせいか。いつの間にかくっきりとした痛みは薄れていて、安西の形に馴染んでいっているのかもしれない。

 環和はその形を感覚で確かめてみる。硬いというよりも、芯はあるのにやわらかいような感触、そして実際には重みがあるわけでもないのに重量を感じる。もっと感じたい、とそう思って感覚に頼ったとたん、じんと痺れに似たものが最奥をふるえさす。
 んふっ。
 そんな吐息を漏らしたとき、真上からかすかに声が漏れた。そうして、環和の中で安西のモノがぴくりと動いた。
 あっ。
 痛みではない。蕩けそうに最奥が疼く。持ちあがったお尻がふるふると揺れ、すると、今度ははっきりとした呻き声が落ちてきた。意識を安西の顔に戻せば、さっきまでの冷たささえ覗いていた意思のある眼差しではなく、濁っているように映った。

 安西は意図してそうしているのか、じっと環和を見下ろして再び体内でオスをうごめかす。
 ん、はあっ。
 その声は自分でも艶(なま)めかしく聞こえた。同時に体内の襞が安西に纏いつき、勝手に刺激を生みだす。それは、さっきの快楽とは種類が違っていても、明らかに快楽だった。じんわりと蜜が滲みでて、いざなうように安西に絡んでいく。腰が無自覚にうねった。

「くっ……自習能力も高いな。動くぞ」
 振りしぼるような様で云い、安西はずるっときつい摩擦を生じさせながらオスを引く。
「あ、あっ、あ、ぃや……っ」
 動かないでと云っているのか、出ていかないでと訴えているのか、自分でも意味不明だった。
 安西は出ていく寸前で逆にずるりと貫いてきた。最奥に届いたとたん、環和は甲高く声をあげて体内から全身へと痙攣を派生させる。
「だ、めっ」
「痛い、のか」
 息切れしたような安西の問いに、環和は首を横に振った。
「全部……んっ、奪われそうな、感覚、がする、の……ちょっと怖い、感じ」

 喘ぎながら素直に云ってみると、安西からふっとした笑みがこぼれる。美帆子が好んで共演している俳優に勝るとも劣らない色気を醸しだしている。俳優は演技にすぎないが、安西は演技する必要もなく、つまり本物で、環和は自然と身に着けているなんてずるいと思ってしまう。
「さっきと同じ場所に――もしくは、もっと果てに到達するだけだ。行ってみたいだろう?」
 誘惑されているのはきっと環和のほうだ。

 安西がまた躰を引いてから戻ってくる。けれど、今度は浅い位置で止まり、また躰を引く。ぶるぶるとした腰のせん動が止まらない。漏らしそうな感覚は果てに行く前兆だった。
 本当に漏れてしまうと思った三度め、重量感を伴ってオスは奥に沈んできた。ぴたりと密着した刹那、おののいたように腰がふるえ、環和は悲鳴をあげた。
 安西はその律動を繰り返す。急ぐことのない一定したペースは違和感すらも遠のかせ、いま環和が感じているのはきっと快楽なのだろう。ぐちゃぐちゃと淫らな蜜を生成しているのは環和で、安西のモノがそれを掻きまわす。一体化した中心だけでなく、脳内までも痺れた感覚に侵された。大きな身ぶるいが環和を襲う。

「ひび、きっ……だめっ行っちゃいそ……っ」
「行け。おれも限界だ」
 安西は抜けだす寸前まで腰を放し、入り口の辺りでくちゅくちゅとさまよう。その刺激もたまらない快感を生んでいる。
「あっもうっ……」
 そう訴えたとたん、安西は限界まで穿った。そこはまったく別の感覚がある。
 あ、ぃやあああぁ――っ。
 腰が突きあげるように勝手に動き、そうしてびくんっと大きく跳ねた。体内で激しい収縮が起き、けれど、安西のモノが阻んで収縮しきれない。そのぶんだけ、大きな快楽が持続する。
 直後、安西が唸りながら腰をふるわす。ひと際、いっぱいになったと感じた一瞬後に、安西は環和の中からオスを引きずるようにして出ていった。おなかの上に、自分の体温以上に温かい、安西の快楽のしるしが迸(ほとばし)る。
 荒い二つの呼吸が重なり、ベッドルームをその熱気が満たした。

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