NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第1章 でも、好きかもしれない

#5

    *

 雑誌の取材撮影が終わったあと、環和は財前からこってりと油を絞られた。財前には悪いが、本当に悪いとは思っていないから適当にすみませんと謝りつつ、やめたほうがいいですか、といいかげん小言にうんざりして云ってみれば、予想どおり引き止められた。
 予想どおりという根拠は、京香が環和を指名したからだ。ほかのブランドとの競合はもちろんのこと、ミニョンの店舗間の競争も激しく、京香の機嫌を損ねたすえほかの店に移ってしまったなどという、上客をみすみす逃すようなことはできない。

 小言が終わったかと思うと、今度は同僚たちに捕まって、安西と話したことをうらやましがられた。貶(けな)し合っていた会話を聞いて、羨むなんてマゾヒストかと云い返したくなったけれど、そこはぐっと堪えた。早く帰りたかったからだ。
 そうして、ファッションビルの従業員口から出たが、環和が向かったさきは自分のマンションではない。
 スマホの画面を見ながら環和がたどり着いたのは、主に住宅が建ち並ぶ町だった。まもなく目的地、スタジオ・ラハザに到着した。

 もう日付が変わろうかとする深夜で、だれもいないだろうと思って来たわけだが、門扉の向こうにライトアップされて浮かびあがっているのは、どう眺めてもスタジオという職場には見えない。平均より大きいんじゃないかという、家ならぬ邸宅だった。
 地図が間違っているのかと思って二度見した表札には、確かに『スタジオ・ラハザ』とある。アイアン製の凝ったデザインで作られた表札自体が、個人宅にしては大きすぎた。第一、家が煌々とライトアップされているなどあまりない。ということは、住み処、兼スタジオなのかもしれなかった。

 環和はとりあえずインターホンを押してみた。少し待ったが反応はない。撮影が終わって打ち上げだったり打ち合わせだったり、そういうのがあるのかもしれない。
 どうしようか――帰るか帰らないか迷いながら、結局、環和はばかみたいに住人不在の家の前にいた。
 怒り任せで、どうすれば気がすむのか――いや、本当に訪ねて安西を困らせてやればいいと思ってやって来たものの、待ち伏せするとなるとちょっとしたストーカーだと自分を疑う。
 そして、時間がたつにつれ冷静になっていくなかで、安西をはじめて正面から見たときに気にかかったことが何かが判明した。
 本能ではわかっていて、だからあんなふうに反抗したのかもしれない。
 やっぱり子供だ。自分から指摘される以外、認めるつもりはないけれど。

 人だったり車だったり、環和の前を通りすぎるばかりでだれも立ち止まらない。めったに通らない人が通れば怪訝そうに環和を見ていくし、三十分もするとさすがに退屈して脚も疲れる。
 帰ろうとして躰の向きを変えたとたん着信音が鳴った。
 環和はため息をつく。夜中の十二時をすぎて電話をしてくる人は一人しか思いつかない。

「何、ママ」
 スマホを耳に当てるなり、よけいな干渉だと云うかわりに電話の相手が嫌う呼び方で当てつけた。
「二十歳すぎの子供がいるように見える?」
 案の定、若くありたがる美帆子は冷ややかに応じた。
「見えないけどここにいるでしょ。用がないなら切るけど」
「どこにいるの? コンシェルジュからメール通知があったのよ、家に帰ってないって」
「外にいる。じゃあね、いまから帰るからご心配なく」
 環和は返事も待たずに通話モードをオフにした。

 子育てはまったく手抜きをしたくせに、大学生になって独り暮らしを始めて以来、その日のうちに帰ったかどうか、美帆子はマンションのコンシェルジュに管理をさせている。さすがに働き始めると子供じゃないからと抗議したものの、たった一人の子供がいなくなったら困る、という意味不明の主張で退けられた。
 めんどくさい。
 環和はつぶやいて歩きだした。

 すると、背後から光が差し始めて、エンジン音は聞きとれないほど静かだが、車が近づいてきているのがわかった。まもなく背後から異質な音を聞きとって振り向くと、安西の家の門扉が開きかけていた。
 見守っていると、車がウインカーを点滅させて速度を緩めている。環和の姿はライトが捉えていたはずなのに、ドライバーは見向きもしないで門扉を通り抜けた。
 その程度だ。わたしなんて。
 そう思ったと同時に、環和は閉まりかけた門扉の中に入りこんだ。
 そうして車庫から出てくるのを待っていると、車に乗っていたのは安西だけではなかったとわかった。

「何、この子」
 ぞんざいに云ったのは京香の取材をしていた青田だった。
 環和はふと、安西の家族のことをないがしろにしていたと考え至った。独身だと思いこんでいたなんて思慮がなさすぎる。けれど、ファミリーネームが違う。いや、仕事では旧姓を名乗っているだけなのか。
 環和が内心であたふたと考え巡らせているうちに、質問とも独り言とも取れる青田の言葉に、「不法侵入者だ」と安西が応えた。
「警察を呼ぶ」
 環和に向かうと、安西は本当にスマホを取りだして操作を始めている。
「その気になったから来たの。そうしていいって云ったのはそっち。証人は何人もいると思うけど」
 環和は口早に云って、安西の手を止めさせた。

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