NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第1章 でも、好きかもしれない

#3

 ばつの悪さの度合いは、環和にとっては誕生して二十三年という史上の記録を更新したかもしれない。
「だれなの?」
 鋭く声が飛び、なお且つ批難ごうごうといった雰囲気でスタッフたちの視線が環和たちギャラリーのほうに向けられた。
 云ったことを取り消そうという気はさらさらないけれど、面倒なことになりそうで環和は内心でため息をつく。
「わたしです」
 云いながら顔の高さまで片手を上げると、犯人探しの第一声を放った取材者の女性がじろりと環和を睨(ね)めつけた。
 女性は三十歳前後だろうか、京香に見せていたにこやかな笑顔とは真逆に、つんとした冷ややかさがある。
 おまけにほかの視線も環和に向かってくる。あいにくと、ばつが悪くて顔が上げられない性質(たち)ではなく、環和は自分に集中する視線に立ち向かった。

「水谷さん……」
 店長の財前(ざいぜん)が怒るよりも困り果てた様子で呼びかけたが、それを掻き消すような甲高いヒール音が近づいてきて、圧倒されたように口を噤んだ。
 女性は環和の正面に来て立ち止まった。
「あなた、本当なら見物なんてさせないのよ。この店が好きって云う京香ちゃんの好意で許可してるのに。そうじゃなくても、静かに見守るのがマナーだわ。それを……」
「青田(あおた)さん、おもしろいじゃないですか」
 と、青田というらしい女性の言葉をさえぎったのは、安西の声に違いない。
「その子から京香さんに似合う服を身立ててもらえばいい。京香さん、どう?」
 目の前の青田が邪魔して、環和からは安西の姿が見えず、どんな様子で『その子』と発せられたのか判断がつかない。取りようによっては分別のきかない子供だと云われているみたいで、そうだったら侮辱的だ。
「いいですよ。ほんと、おもしろそう」
 もし提案したのが青田だったら、京香はこうもはしゃいだ声を出すだろうか。意地悪なことを思いながら、環和は青田の返事を待った。
「京香ちゃんがいいならかまわないわ。どれほどのセンスか、見せてもらいましょうか」
 青田は挑発的に云い、環和は、内心では、望むところだ、とけんか腰で応じながら――
「承知しました。少々お待ちくださいませ」
 にっこりと営業スマイルを顔に貼りつけて一端(いっぱし)の店員を気取った。

 二月の終わり、店内は春先の軽やかな色彩で溢れている。環和は京香が見向きもしなかったコーナーに行った。
 フランス語から取ったブランド名のとおり、ミニョンは可愛さを演出する服がそろう。かといって子供っぽいわけではなく、エレガントな雰囲気でありながら、ちょっとした瞬間に少女を感じさせるという、キュートさを兼ね備えたトータルコーディネイトを売りにしている。
 京香は、喋り方はともかくとして、見かけが大人っぽいくせに、どのスタイルも可愛いだけでコーディネートを完結させていた。だから滑稽なのだ。
 環和は、定例句ではなく『少々』という言葉を実行するべく、直感を頼って次々に服を選んだ。
「これでお願いします」
 五分もかからず、京香の傍に戻っていた青田のところへ行き、環和は服を手渡した。
 青田は預けられた服をちらりと見て、それから環和を見やる。環和は何を云われるかとかまえたが、気に喰わなそうにじっと見つめただけで、「京香ちゃん、行きましょう」とフィッティングルームに京香を連れていった。

 その姿を追いながら、環和はもとの場所へ戻るかどうかを迷う。何かしらの感想はあるだろうし、あの青田の様子からすると文句をつけられることのほうが確率的に高そうだが、京香の反応は間近で見てみたいとも思う。服が好きというだけの環和だが、それだけに気になる。
 そうして、迷いが定まらないうちに、傍に人影を感じた。斜め向かいに立ち止まった人を見上げたとたん。
「何かを発言するときは、特に本人がすぐそこにいるときは、何を云おうとしているのかよく考えるべきだな。それとも、二十歳そこそこのお嬢さんにはわからないか」
 無遠慮な言葉を放ち、カメラマンの安西は皮肉っぽく口を歪めている。その声音は完全に環和を小馬鹿にしていた。

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