NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第1章 でも、好きかもしれない

#2

 二十代から三十代の女性をターゲットにしたアパレルショップ“ミニョン”のなか、行われているのは洋服の販売ではなく雑誌の撮影だ。店を取りあげるものではなく、女優をクローズアップする取材だという。ミニョンブランドはそこそこ人気があって、京香が特に気に入っているらしい。

 店の入ったファッションビルが閉店したあと、スタッフたちによって機材が持ちこまれ、少し遅れてカメラマンと取材者(インタビュアー)、そして最後に京香とマネージャーが登場した。
 京香自身が服を選んで、着替えては撮影するという具合だ。あるいは、選ぶシーンもまた撮影されている。その間、プライベートで拘(こだわ)っていることとか恋愛の話とか、京香と取材者のやり取りは一時(いっとき)も絶えない。

 ミニョンのスタッフたちは特権だとばかりに、休みの人までわざわざ出てきて、遠巻きに見学している。
 環和にしろ、母は女優、父親はテレビ局の元プロデューサーという環境に育ちながら、こんな光景を見るのははじめてで興味が引かれた。
 ただし、まさか両親たちのことが話題になるとは思っていなかった。おかげで、わくわくした気分も半減している。確かに、京香は美帆子に似ていると思う。ただし、似ているのは顔じゃない。

「あのカメラマン、京香のカメラ目線って自分が見られてる感じするよね? レンズ越しだけど危険じゃない?」
「云えてる」
 その会話にあらためて環和はカメラマンを見やった。

 当然ながらカメラマンは常に被写体に向かっているから、おおよそ見物してる側には背を向けている。腰を落としたり前かがみになったり、いろんな体勢のなか、シャツをラフに着こなした背中は広くて、びくともしない安定感がある。背は高く、シャツを捲って晒した腕もけっして細くない。髪は緩やかにうねって、ざっくりと手櫛を入れた感じだ。
 横顔を見れば凹凸がきれいだし、顎のラインも男っぽく骨張っていて悪くない。斜め四十五度で少しうつむき、目を伏せていると、照明がもたらす陰影で完璧になる。
 撮影は自然体が中心で、ポーズの指示はたまにしかない。そのとき聞いた声は低めで艶っぽかった。

 京香に目を転じれば、若干、上目遣いでカメラに視線を置いている。わずかに斜め方向からにっこりする顔は完璧なんだろう。
 “だろう”というあやふやな云い方は、やはり美帆子に似ているからかもしれない。顔ではなく、罠を仕掛けていざなうハンターのような雰囲気が同じなのだ。わたしは特別でしょ、という押しつけがましさは嫌いだ。

「安西(あんざい)さんの好みの恰好ってどんな感じですか?」
 取材者と話す合間に、京香がカメラマン――安西に呼びかけた。罠の第一段階、触手を伸ばしたといったところだろうか。安西はなんと答えるだろうと耳をすましていると――
「好みは特にない。それに、個性だろう? 意見を押しつけるつもりはないな」
 ゆったりとした口調は親しみやすいと感じさせる。
「それって無関心てことですよね。無関心じゃいられなくなったこと、ないんですか」
「ない。“写り”という意味で、色に口を出すことはあるかもしれない」
「あー、なるほどです。安西さんて、噂どおりの人みたい」
 どんな噂があるのか、京香はくすっと笑って、その瞬間もまたカメラが捕らえた。

 眺めたかぎり、少なくとも京香のほうは安西に関心がありそうな雰囲気だ。そして、そう感じたのは環和だけではなかった。
「あれが噂に聞く色仕掛けっていうの?」
 声を潜めてなされた発言に吹きだしたり、嘆いたり呆れたりした吐息が入り乱れた。
「京香って何歳だっけ」
「わたしより一つ上だったと思うから二十五歳じゃない? 実際に見るのってはじめてだけど、くちびるがぷるんぷるんしてるし、共演者殺しだっていうのもわかる気がする」
「大人っぽいよね」
 ほめそやす言葉にかなり辟易していた環和はつい口を開いた。

「それって、老けてるって云ってるのと同じですよ。二十五歳で色気なんてどうなんですか。色気なんて邪魔ですよ、あの可愛い服が全然似合ってないじゃないですか」
 ぼそっとつぶやいたつもりが、ちょうど取材のメイン三人がタブレットの画面を覗いているところで、店内は静まり返っていて、つまり環和の声は筒抜けになってしまった。

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