NEXTBACKDOOR|淫堕するフィクサー

第4章 rebel lane〜逆走〜

2.

 祐仁から口移しに食べさせられたとき、それはキスの口実かという淡い期待は噛みしめる間もなく砕かれた。祐仁はすべて計算したうえで動いている。
 はじめからそうだったのか、離れていた間に変わってしまったのか。いずれにしてもそれが現実で、颯天は駒にしかなれない。それならとことん駒になる。そうやって祐仁の役に立てるなら――というよりは、ただ祐仁に必要とされ、傍にいられるのなら。
「さて、次は今日のメインボーイです」
 一つのパートが終わってざわついていた会場が、高らかなその声に静まり返った。
「行け」
 颯天のすぐ背後から囁いたのはアンダーサービスの塚元(つかもと)エリートだ。
 颯天は従わず、すると、連れていけ、と塚元は傍に控えていた部下に命じた。
「嫌だ」
 つぶやいてみると、塚元はじろりと颯天を見やった。
「何を勘違いしているか知らないが、フィクサー直々のスカウトであろうと……いや、そうだからこそ、面子(めんつ)を潰さないよう逆らわないことだ」
 事情を知らない塚元は、嘲るようにとまではいかないものの、身の丈を知れと云わんばかりに警告した。
 塚元に命じられた男が無造作に背中を押し、颯天はつんのめるようにしてカーテンの合間から小さな舞台へと連れだされた。
 会場が俄にそよぐ。扇形の会場は、最後尾に座った者の顔がはっきり見えるほどの広さしかない。それだけ選別された者が集う空間であり、こんなふうに颯天が品評会の出し物扱いをされることは、特定の客に限って凛堂会にいた頃にもあった。納得したわけではなくとも慣れるしかなかった。
 けれどいま、颯天は嫌々ながら舞台の上に立った。黒いマントを羽織り、躰は足首まで隠れているが顔は剥きだしで、段差のある座席に居合わせた参加者たちの目が一斉に集中する。
 今日のイベントは、男娼をレンタルするためのオークションだ。なかには、嫌がるのを手懐けることに嗜好を見いだす者もいる。尻込みする颯天を眺めながら、ほう、と云った声がいくつか聞こえた。
「こちら、ある組織の高級コールボーイでした。引く手あまた、ですが限られた上客しか買うことは叶っておりません。このたび、取引でやっと手に入りました。我々が買いとったくらいです。品質は保証します。仕様をご覧ください」
 その言葉と同時に、背後に付き添う男の手が颯天の喉もとにまわってきた。マントの下で手を後ろに括られていて、はねのけることはできない。
 次の瞬間、喉もとから裂くようにマントがはだけられ、取り去られた。マントの下で身に着けたものはない。羞恥心が一気に颯天を襲う。最初から裸を晒して出るよりも、隠していたものを曝けだすほうが数十倍も恥ずかしい気にさせられる。それをわかってやっているのだ、とわかっていながら平気ではやりすごせない。
 あまつさえ――
 おお。
 と、共通した感嘆のどよめきが客席に広がったのは、颯天のオスが著しく反応を見せたからだ。
 羞恥心によって萎えるのではなく、颯天のオスは逆の現象があらわになる。自分でもどうしようもない反応だった。
 颯天の躰が被虐を快楽だと捉えてしまうのは祐仁のせいだ。それははっきり云える。はじめての日、無理やり快楽を引きだされ、それらは条件反射のように結びつけられた。
 颯天は無自覚に片隅を横目で見やり、堕落の原因となった主を突き止める。そこには祐仁が立って室内を眺めている。たったいまは、その目が颯天に向けられていた。
 祐仁に頭から爪先までという全裸を晒したのは別れを強要された日以来だ。その頃は、脱がされただけでここまでの反応はなかった。浅ましい躰になった颯天を見て、いま祐仁は何を思っているのだろう。
 いや、何も思っていない。
 すぐさま打ち消し、颯天は無意識に逆らいながらも中央に置かれた椅子に座らされ、拘束された。
 座らされた椅子は、かろうじて臀部が引っかかっているくらいで、ともすればずり落ちそうになる。そうならないよう、椅子の両脇から伸びた足置きに膝をのせて開脚させられたすえ、颯天は無防備に躰の中心を晒していた。手は頭上で纏めて括られ、隠すことは愚か、どこにも力が込められず身動きができない。
「では、ご覧ください」
 非情にも商品のごとく品定めの合図が放たれた。
 颯天が顔を背けたのはわずかに残ったプライドのせいで、逆らう演技でもなんでもない。そんな些細なしぐさも許されず、顎をつかまれて容赦なく正面を向かされた。
 隣に立った男が胸の中央に手のひらをのせ、円を描くように左の胸を撫で、それから右側に移る。ただ撫でるだけなら、シャワーを浴びながら躰を洗うときと同じで、摩擦のほかになんの感覚もないはずだ。けれど、男の手の動きには嫌らしい意思が宿っている。胸の上で八の字を描きながら、弱点であるそこにだけ触れない。摩擦で胸の表面だけではなく内部にも熱が灯った。
 ふと気がつけば、いつの間にか颯天の知覚から客の存在は消えて、男の摩撫に集中していた。理性を取り戻しながらもまた失う、その繰り返しだった。
 胸先が疼き、もどかしさが募る。触ってくれ。それしかこの疼痛を解消できることはない。けれど、演技なら口にできても、演技ではないからこそ簡単には云えなかった。祐仁がいる。その消し去れない事実が堕落への唯一の歯止めになった。
 ただ、息遣いはごまかせない。吐く息は白くなりそうなほど外界の温度よりも遥かに高い。
 漏れそうになった嬌声を、歯を喰い縛って呑みこんだ刹那――触れられるのではなく、乳首は熱い湿地帯に含まれた。
 あっああっ。
 くちびるを咬むという意識さえまわらずに颯天の口から嬌声が放たれた。背中がびくんと反る。そこは熱く疼いていたはずが、男の口腔はそれよりも火傷しそうなくらい熱っぽく、舌が独立した生き物のように乳首を転がした。反対の乳首を指先が襲い、ぐりぐりと押し潰すようにうごめく。同時に口に含まれたほうは甘噛みされ、吸着され、たまらず颯天は叫ぶように嬌声を放った。躰全体がびくびくと痙攣する。
「嫌だ……っくふっ」
 拒絶を吐いてみるものの、颯天の反応を見ればそれは弱々しく映るだろう。自分の喘ぎ声に紛れて、自分のものではない感嘆した吐息が耳に届く。客たちのものだ。理性の隅でそんなことを思いながら、颯天は乳首が熱く疼くだけでなく、躰の中心までもが爆発しそうに張りつめていることを認識する。それほど鮮明にそこは脈を打っていた。
 もしもいまそこに触れられたら、その瞬間に爆ぜてしまうのではないか。そんな怯えを抱きながら、いざ根元をつかまれたとき、颯天はくちびるを咬みしめ、目を見開いて快感に耐えた。
 その手が這いのぼっていく。ぬるりとした感触は、颯天自らしとどに濡らしているからに違いなく、それがもたらす感覚は絶妙な刺激になった。
 やめろ、と叫びたかったがそうすればきっと堪えきれない。せめて否定するように首を横に振りながらも、腰を跳ねながら感度が上昇していくのを颯天は受けとめるしかない。もう無理だ、と思った寸前に手は離れていき、そうして次の瞬間、後孔に指先が触れた。
 あ、あ、ああっ。
 小さく円を描きながら後孔の周囲が捏ねられていく。男の指先は颯天の蜜で塗れ、なんの痛みも及ばずに、ただ陶酔する感覚だけがもたらされる。迸(ほとばし)りそうな快感を堪えているかわりに、オスの口からは餌を前にした狼が涎を垂らすようにぷくりぷくりと蜜を吐きだしている。それが後孔へと伝い落ち、男が弄るたびにぬちゃぬちゃと粘着音が立ってひどい音になっていく。
 そうして男の指先が後孔のなかへと侵入した。
 あうっ。
 指の腹で腸壁を撫でながらゆっくりと奥に進み、そして弱点に到達する。指先を折り、擦りあげられた。
「あっ、嫌、だっ――ああああ――っ」
 拒絶の言葉はすぐさま叫ぶような嬌声に変わり、颯天は呆気なく快感を破裂させた。
 ぼとり、ぼとりと颯天の腹部に生温かい粘液が降り注ぐ。Eタンクに来てからこの一カ月、だれにも触れられることなくすごしてきて、蜜の量は半端なく何度も搾りだされた。
「いかがでしょうか」
 司会者が促したと同時にあちこちから、十、十五、といった数字が端的に放たれ、それは次々と跳ねあがっていく。
 数字の単位はわからず、そしてどれだけの価値をつけられようと、颯天にとってはなんの利にもならない。呼吸を荒げたまま、その場所を見れば颯天など眼中になく祐仁はその値の動向を見守っていた。
「五十だ」
 まもなくして、これで終わりにしろと云わんばかりの太い声が響いた。
「落札されました」
 会場を見渡したのち、司会者はその男のほうに手を差し向けて終了を告げた。
 おそらく思惑どおりに事は運んだのだ。祐仁は颯天に目もくれず、背中を向けて会場をあとにした。
 腹部に散った快楽のしるしを拭き取ってもらえたぶんだけ、まだ丁重に扱われているのか、拘束を解かれ、マントを羽織らせられて颯天は舞台から降りた。
 カーテンを通り抜けると、そこには塚元とともに有働が待っていた。有働は颯天を認めて、口を開いた。
「フィクサーからの伝言だ。快楽に弱すぎる、と。あなたが学ぶべきなのはオーナーの楽しみを長引かせること。そのあたり、凛堂会は甘かったかもしれないが、Eタンクは徹底させる。いいな」
 屈辱以外の何ものでもない。颯天は惨めさのあまり、反抗的な眼差しで有働を見やった。有働が浮かべた笑みは興じているのでも嘲っているのでもなく、意味深に見えた。そうして、背後を振り向く。
「春馬、颯天にルールを教えてやってくれ」
 と、有働の言葉に応じて現れたのは、結果的に颯天を貶(おとし)める原因をつくった工藤春馬だった。
 現れた春馬は、もう二十六歳になったか、まもなくそうなるのか、相変わらず二十歳と云ってもだれも疑わないくらい童顔のままだ。
 大学時代と違って男娼となったいま、変化したところを挙げれば物腰のやわらかさだろうか。颯天に向けられた顔にはかすかな笑みが貼りついている。頭が切れるのかそうでないのか、春馬が何かしらのために頭を働かせることは学んでいる。
「わかりました」
 と、有働に応えた春馬は颯天に目を転じて、「こちらへ」と穏やかにいざなう。
 春馬がさっさと背中を向けたところで有働を横目で見やると、有働はうなずくかわりに瞬きをして颯天を促した。
 しくじるな。そう云いたそうな気配だ。すると、さっき有働が浮かべた笑みの裏に潜んでいたものが見えてくる。
 ようやく事は動きだし、その一歩めの段取りのために有働は颯天をわざと不機嫌にさせて、できるな? と、意思確認と、もしかしたら期待をあの笑みに表したのだ。
 そうなれば、聞かされた伝言が祐仁の本心であるとはかぎらない。颯天がそう思いたがっているだけであろうが、少し気分は軽くなった。
 これからどれくらいの間、颯天がこの役割を果たすことになるのかはまったくわからない。気の進むことではけっしてない。すべて祐仁のためだ。そう云い聞かせながら颯天は春馬のあとを追った。
 舞台裏から廊下に出れば、狭いわけでも暗いわけでもないのに息苦しさを感じる。置かれた状況と、ここが地下だという意識がそう感じさせているのかもしれない。
 真上は高級料亭だという。男娼の競りに集まった客は社会的地位のある人物で、表向き料亭に通い、その実、いかがわしい地下に潜る。つまり、ここはEタンクの息がかかった料亭であり、そういう場所はここに限らない。
 Eタンクを知るほど、抜けられないと云っていた祐仁の言葉が現実味を帯びてくる。
 颯天は焦燥に囚われながら、春馬の背中を見つめた。春馬がどこで立ち止まろうと絶対にぶつからないという距離を空けてついていくと、まもなく春馬は足を止めた。まえもって知っていたのだろう、春馬は颯天が着替えさせられた部屋に入っていった。
 ふたりきりかと思うと昔のこともあってためらう。けれど、逃げまわっていても埒が明かないし、祐仁に守ってもらわなければならないような少年のままでいたくはない。颯天は意を決するべくそっとため息をついて、ドアを支えて待っている春馬のところへ向かった。
 室内に入れば背後でドアが閉められる。颯天が振り返ると、春馬は入り口をふさぐようにドアに背をもたれて颯天をじろじろと眺めまわした。箱の中に入って目張りされたような閉塞感を覚えた。
「颯天、おまえ、すっかり男娼だな。おれもまあ人のことは云えないけど」
 春馬はその顔にそぐわず、皮肉っぽい表情を浮かべた。自嘲しながらも、いまの状況に甘んじているわけではないといったプライドが見え隠れしている。
 春馬こそ、童顔ゆえに中性的でもあり、男女問わず男娼として好まれそうだと思う。春馬を指名できるのは上客のみに選別されている。祐仁からそう聞いた。現に、こうやって颯天の指導を任されてもだれも不自然に感じないほど、その価値は認められているのだ。
「生き延びるにはこうなるしかなかった。工藤さんもそうでしょう」
 春馬はすぐには答えない。じっと颯天を見たあと、おどけた素振りで目をわずかに見開いた。
「なんのために生き延びるんだ?」
「自由になりたい。ずっと囚われている。凛堂会から、今度はEタンクだ。凛堂会にいたときは地上の景色が見渡せる場所にいた。けど、もう六年近く、ずっとこういう地下に閉じこめられている気がする。おれは普通の人間には縁のない世界にいる。こういう世界もあるって、一見、世界は広がった気がするけど、実際は逆で、おれの権利はすべて閉鎖されている。おれはこんな限られた人間しか知らない場所じゃなく、上みたいに分け隔てなく飯(めし)が食えるような場所で生きたいんですよ」
 颯天の云い分を春馬は信じるのか。いや、まるっきり嘘ではない。半分はいまでも表に出たいとそう思っている。
 春馬は推し量るように颯天を見、そうして下らないとばかりに鼻先で笑った。
「上の料亭は、分け隔てなくって云うには高級すぎる気がするけどな。一介のリーマンじゃ予約もできないんじゃないか」
「“一介”じゃなくなればいい話でしょう。少なくともこのままじゃ、可能性もないんですよ」
 春馬は呆れたように首を横に振った。
「Eタンクで伸しあがったらどうだ? うまい飯が好き放題、食えるようになる」
「上に行けるのは、ほんのひと握りですよ。足の引っ張り合いもある。そうおれに教えたのは工藤さんだ。そんなめんどくさいこと、やってられるかって話です」
 春馬がしたことを持ちだして無遠慮に責めると、春馬は口を歪めてみせ、次には笑いだした。
 警戒心を解くことになったのか否か、ひとしきり笑ったあと、逃げ道をふさぐようにドアの前にいた春馬は背中を起こした。壁につけたソファのところに行き、どさりと腰をおろして脚を組むと、立ちっぱなしの颯天を見上げた。
「おまえ、どうしたんだ? 五年も離れてフィクサーUへの気持ちは廃(すた)ったのか」
「フィクサーUはおれよりも自分を守った。そのうえで五年も離れて持続するほど、おれはバカじゃない。おれはガキだった。けど、五年、何も考えずにすごしてきたわけじゃない」
「Eタンクの連中は上昇志向の強い人間が多いからな、フィクサーUも御多分に洩(も)れなかったってことだ。ひとつアドバイスすれば、颯天、足の引っ張り合いをするよりももっと手っ取り早い、上に行く方法があるんだ」
 春馬はしたり顔でにやりとした。
「手っ取り早いってどんな?」
「簡単だ。実力者に取り入る」
 春馬の云ったことは単純だが簡単ではない。ただ、確信に満ちた口調に感じた。ひょっとすれば、その確信があってこそ春馬は“裏切者”の行為に及んでいるのかもしれない。
「どうやって? ……っておれが訊いてもしかたないですけど。それが簡単ならだれだって伸しあがれる」
「確かに、取り入るためにどれほどのことができるかってことだな。その点、男娼はいい商売だ。相手を油断させられる。つまり、モノは使い様ってことだ。フィクサーUだってそうだ。実力者……というより有力者に取り入ったからこそいまがある」
「フィクサーU? 有力者ってなんだ?」
 ひょっとしなくても、春馬に何かしらの着実な謀(はかりごと)があるのは確かなようだ。それは想定内だが、祐仁の名が出てきて颯天は眉をひそめた。
「清道理事長のことは聞いてないのか」
 春馬の口から清道の名が出てくるとは思わず、颯天は俄にうろたえた。努めて平然を装ったが、じっと颯天を見上げる春馬をごまかせたかはわからない。
 まったく知らないふりをするのは得策ではない。それならどこまで話す? と自分に疑問を投げかけ、思考を巡らせた。
 祐仁はブレーンだった頃、清道がEタンクのチェアマンだとは知らなかったと云う。それなら春馬が知るわけがない。その前提で話すのがきっと最善だ。
「フィクサーUがエイドの頃、清道理事長の愛人だったことは聞いてる」
 慎重になりながらもそれを見せないよう颯天が何気なく云うと、春馬は素直に受け入れたようでうなずいた。
「エリートタンクは清道生が多い。つまり、清道理事長はEタンクに多大な貢献をしていることになる」
「有力者っていうのは清道理事長で、フィクサーUは清道理事長のおかげでフィクサーまで上り詰めたってことですか」
「それだけじゃない。ヘッドにも、おまえをうまいこと利用して取り入った」
「……どういうことですか」
「ヘッドには天敵がいる。そこにおまえをスパイとして送りこんだってさ。そうするためにおまえを手懐けていただけだって、隠れて愛人にしていた立派な理由ができたわけだ。どこからも漏れるわけにはいかないし、手懐けるまで秘密にしていたという筋は通る。フィクサーUは機転が利くってことだな」
 春馬が云ったことはすでに承知していたことだが、颯天ははじめて耳にしたようにわずかに目を開いた。春馬をどこまでこっちの思惑に添わせられるか。すべて颯天にかかっている。
「送りこんだって……その理屈が通ってるなら……ヘッドの天敵って凛堂会ってことになりますよ?」
 颯天は思考を巡らせるふりをしながら、いま答えが出たように惚けて云ってみた。
「そうみたいだな」
 春馬は自分が話を振ったくせに他人事のようにあしらった。
「おれはEタンクに連れてこられた。けど、スパイなんてしてないし、何も情報は持ってない。フィクサーUはどう云い逃れると思いますか?」
「そこだよ。云い逃れるために、おまえ、今日のオークションに出されたんじゃないのか」
「どういうことです?」
「今日、おまえを落とした客は、関口組の組長だ。知ってるか」
「名前だけですけど。……あー、あと凛堂会にやたらライバル心を持ってることは知ってる」
「なら、わかるだろ?」
 颯天は目を逸らし、不自然に見えるくらい沈黙の時間を確保したあと口を開いた。
「関口組と手を組んで……凛堂会を潰す。……またおれは利用されるわけだ」
 颯天は半ば呆れ、半ば憤った素振りで薄く笑い、「けど」と春馬に目を戻した。
「“けど”、なんだよ?」
「春馬さん、おれは凛堂会を潰すのに手を貸す。けど、フィクサーUも潰しますよ」
 春馬は目を見開いた。驚くよりも、できるのか? といった煽るような気配に感じた。
「本気か?」
「おれは五年も時間を奪われた。凛堂会もフィクサーUも当然の報いだろう」
「ただじゃすまないぞ」
「このまま何もしないでいるのとどう違う?」
 春馬は再び笑いだしたが、今度はすぐに可笑しそうな笑みは引っこめた。残ったのは、餌をぶら下げて獲物を待っているかのようで、トイプードルの顔を持ち、ほくそ笑むコヨーテだ。
「おれも関口組の組長に飼われたことのある身だ。よく知ってる。助言がいるなら協力してやるよ」
 春馬は恩着せがましく、なお且つ先輩然として云う。
 ここまではうまくいった。安堵を隠しながら、颯天は鼻先で笑ってみせる。
「信用する気にはなれませんけど」
 春馬は三度め、シャワーを浴びてきます、と室内にあるシャワースペースに颯天が消えても笑っていた。

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Material by 世界樹-yggdrasill-