Cry for the Moon 〜届かぬ祈り〜

終曲 Cry for you,RE-A


 呆然としたなかに激しいノックが響く。
 混乱したまま、リビングへ行ってドアを開けた。
「レアお嬢さま?!」
「祐真が……頭痛いって……」
 レアの横をホテルドクターと大井が急いで通り抜ける。真貴に背中を押されてベッドルームへ戻った。
 ドクターと大井から応急処置を受けている、動かなくなった祐真を見てレアは立ち竦んだままでいた。

「昂月お嬢さま……しっかりなさってください!」
 真貴の声にハッとして、はじめて祐真の妹が到着していたことに気づいた。彼女がベッドに近づいていく。

 その視界をさえぎるように真貴が前に立った。
「レアお嬢さま、いますぐお帰りなさい」
 レアは真貴を見上げる。優しく見返す潤んだ瞳が、レアへの気遣いに溢れている。
「祐真さまの立場はおわかりですね」
「あたしのせいなの……」
 真貴は否定するように首を振った。
「レアお嬢さま、仮令(たとえ)そうであったにせよ、祐真さまは、レアお嬢さまがご自身をお責めになることを望まれません。祐真さまがいま、いちばん守りたいのは、なによりもだれよりも貴女(あなた)なんです。私は祐真さまより、不測の事態にはレアお嬢さまをお守りするようにと仰せつかっております。その約束を破棄させないでください。お願いです。騒ぎになるまえに」

 真貴が深々と頭を下げた。



 家に戻ると、母はなにも訊かず、それどころか腫れ物に触るようにレアを扱った。妹は探るようにレアを見るが問い質すこともしない。
 話すきっかけをなくし、針の(むしろ)に座らされている気がした。


 手渡された真貴の名刺をまえに、ようやく電話できたのは夕方だった。

 レアの祈りが届くことはなかった――。



 慰めるように降っていた昼間の雨は上がり、オレンジ色の光線のなか、堤防の上を危なっかしく歩き続けた。
 警告するような不意打ちのクラクションも、望みを叶えてはくれなかった。

 いつもの場所にたどり着き、海に足を向けて座る。

 廻り合ったこの場所で、まさにあの時、祐真は不発弾をその躰に宿した。
 レアから祐真を奪ったのは、なによりも祐真を必要としたレア自身だった。

 なにも考えられないまま、ブルームーンが輝くこの日、遠くから祐真を見送った。その間ずっと、レアに寄り添うように、空からは祐真の涙が優しく降り注いでいた。

(いま)だに混乱した心は感情を麻痺させている。

 わがままを云ってこの地を去るのを遅らせた。
 このまま、出会った地で泣くことができなかったら、急ぎすぎた幸せの時間がただの夢になってしまいそうな気がした。

 なにも耳に入らず、祐真のジャケットに顔を埋めて夜をただ待ち続ける。

 時が止まり、この世界で自分だけが呼吸しているような畏れを抱いた頃、待ち望んだブルームーンが海を照らしていく。


 ……祐真、あたしが見える?
 あたしを傍に感じてる?
 あたしも感じてる……あたしの中に祐真の声が溢れている。
 祐真はいま……幸せなの……?
 あたしは……祐真に愛されてるって……わかるから……。


 持ってきたMDプレイヤーのイヤホンを耳に充てた。
 祐真がこっそりとバッグの中に入れていたMDには“Cry for You,RE−A”と記されていた。

 プレイボタンを押した。

 曲作りをまたはじめると云ったあの日、レアを抱いたまま、耳もとで奏でられていたメロディが流れ出す。
〜 Cry for you,RE-A 〜


触れた くちびるから 伝わる鼓動
縋りつくきみの 涙に 僕は溺れた

地球(ほし)という海から見上げた
幸せを運ぶ ブルームーン
群青(あお)い月は きみの瞳にいつも輝く

漂うままに合わせた躰は
ふたりを温かく 濡らしていった

ベッドの上で奏でる Melody
穏やかな眠りにふたりを(いざな)

Once in a Blue Moon
極限のなかの奇蹟
めぐり合った日の 海の群青と空の群青
繋ぎとめた手と手は 祈りを分かち合う

Cry for the Moon
瞳が 月を求めて 泣いている

Cry for You,RE−A
心が きみを求めて 泣き叫ぶ

群青い月を手にしたいま
信じの海で 誓いを刻み
ふたりは 永遠(とわ)(いだ)くんだ

レア、これをどこで聴いてる? すぐ探し当てたんだろうな。

遠く離れても、おれを近くに感じられるように、この曲はレアへのプレゼント。
この歌はレアにしか歌わない。この曲は……ただ一枚しかないこのMDは、おれの心がレアにあることの証明なんだ。
おれにできることが、いまはこれくらいしか思いつかない。

レア、家を買うよ。レアがいつでも同じ場所に帰ってこれるように。

だからレア、いつでも諦めないで。信じて。

会いに行くよ。
これはレアが嫌いな言葉、約束。

人を愛することがこんなにも自分を強くさせるということを知らなかった。それくらい……レア、愛してる。

 そこに、祐真が信じていた未来が在った。

 あたしも信じたい……。

 祐真……言葉なんていらない。
 ねぇ、祐真……ただ……また会えるって信じさせて……。
 また……触れさせて…………。


 まるで海に沈んで見上げているかのように、瞳に映ったブルームーンの輪郭が滲んでいった――。

− The Conclusion. − Many thanks for reading.

BACKDOOR

あとがき
2007.09.30.【Cry for the Moon〜届かぬ祈り〜】完結/推敲校正済
これは2007年6月にプライヴェイトブログ(現在閉鎖)で書いた作品に加筆して公開。
デッドエンドで読者の方にはストレスを与えてしまったかもしれません。
悲恋のなかで祐真の至上の愛とは。
祐真は奏井にとって始まりの人。長編ですでに亡くなった人ということで登場させたんですが、どうしても生きている頃の祐真を描きたくてできた物語。

これを書き上げた2007年6月30日はまさに3年ぶりのブルームーンの日。
また廻ってくるブルームーン。この物語を思い出していただけたら…     奏井れゆな 深謝

Material by LEITA.