禁断CLOSER#145 第4部 アイのカタチ-close-

5.Incestuous Love -10-


 きゅうりのスティックやサラミという冷蔵庫にあったものでちょっとした酒のつまみを準備して、ビールを注ぎ渡す。拓斗と和惟が向かい合ってソファに座り、那桜は拓斗の足もとで床に座る。剥きだしのお尻が床に触れると冷たくて、那桜はやはり悲鳴をあげた。最初に三人でここに来た日のことを思いだしたらしい和惟が笑う。
 三人初の酒宴は「誕生日おめでとう」という那桜の号令で乾杯から始まった。
 和惟はもとがアルコールに強い体質なのか、那桜がグラスの半分も飲まないうちに二杯めを飲み始める。拓斗のペースと一緒だ。
 ほんの数時間まえと様子を変えた和惟は、篤生会病院に一週間入院したあと、ずっとここで療養していると話した。完治してから農園を手伝いだしたばかりだという。
 ほぼ、那桜と和惟が話して、拓斗がたまに口を挟むといういつもの時間のなかにいると、不幸なこともいつか笑って話せるほど乗り越えられそうな気がしてくる。ばらばらでいることのほうが、きっと間違っている。

「那桜」
 ちょうどグラスを空けると拓斗が呼びかけた。
 那桜が振り仰ぐと、拓斗の手があごを支える。顔が近づいてきた。その間に、和惟だろう、那桜の手からグラスが取りあげられた。
 反射的に目を閉じたとたん、くちびるが触れたかと思うと、吸着してすぐに離れる。
「来い」
 そう云いながら拓斗は、背中から那桜の両わきを抱えて持ちあげた。小さく悲鳴をあげた那桜を脚の上にのせ、抵抗する間も与えず、那桜の躰を隠すたった一枚の和惟のTシャツを取り払った。
 拓斗には細く白い背中が、和惟にはかすかに弾むふくらみが晒される。
「拓兄っ」
「わかってるだろ。感じればいい」
 拓斗は那桜の膝の裏に腕を通して脚をすくう。那桜はとっさに足首を交差させて躰を隠した。

 別荘に泊まると拓斗が云った時点でわかっていても、理性が勝っているうちはためらう。和惟を見やると、那桜越しに拓斗とアイコンタクトを取っているように見えた。嗤いながら一度顔を背け、そして和惟は立ちあがった。テーブルをどけ、和惟は那桜のまえにひざまずく。
「和惟っ」
「おれが触れるのは嫌なのか?」
 いま和惟が云うには卑怯すぎる。那桜のためらいを消すのにそう云ったのだとしたら、ずるすぎる。あまつさえ、ほぼ同じ高さにある和惟の眼差しは真剣だ。
「……触って」
 騙されたと思うくらい、和惟のくちびるが妖艶に弧を描いた。那桜は足首をほどかれて、躰を開かされる。和惟の顔が中心へとおりていった。それだけで体内がうずき、せめてという抵抗心で顔を背けて目をつむる。けれど、逆効果だったかもしれない。花片に触れる呼吸が鮮明に感じられて、那桜はぷるっと躰をふるわせる。
 かまえているのに和惟はそこから進むことなく、快楽の予感だけ与えられて中心へのキスはお預けを喰らう。見られるだけということに、めったにない羞恥心が湧く。
「感じやすいな、那桜は。触ってないのにこぼれてくる」
「そんなこと、ない……和惟、もう……」
「もう?」

 那桜を促すようにしながら、和惟は不意打ちを狙った。
 あっ。
 すでに充血した突起を和惟がくちびるで挟み、舌が先端をつつく。それから、口のなかにすべて含んだ。
 ちくちくする無精ひげがこれまでにない刺激で快楽を煽り、那桜は腰をふるわせる。和惟の指が体内を侵して襞をくすぐると、声のセーヴがきかなくなった。
 あっ、あっくっ、ふ、ぁっ……。
 指をまわしながら和惟は那桜がいちばん感じる場所を探ってくる。指が奥をつつくたびにクチュッと蜜壷を弄るような音が立つ。和惟がわざと淫らな音を煽っているのか、那桜が感じすぎているのか、やがて、指先が弱点にたどり着いた。
「やっ、だめっ、も……」
「イっていい」
 拓斗の許可がおりたとたん、和惟が待ちかねていたかのように花片に吸いついた。一気に果てに達しながら那桜は背中を反らし、必然的に躰の中心を和惟の口に押しつけるようにした。突起が吸引される。
「あっ、出ちゃうっ」
 のけ反ったまま腰が何度も前後した。その間も和惟はひどい音を立てながらキスを続ける。快楽が長引き、那桜はぐったりして痙攣が止まらない躰を拓斗にゆだねた。

「那桜は美味しいな」
 熱のこもった声がしたと思うと、愛してる――くちびるの傍で聞きたかった言葉が囁かれた。
 躰がまえに倒されると和惟に受けとめられ、今度は反対を向かされる。和惟に触れてほしいと望んだ那桜を責めるような眼差しはない。欲情なのか、瞳が燻って鈍い光を放つ。
 那桜が向き直る間に拓斗は慾をあらわにしていて、和惟が背中を支え、拓斗が脚を抱え、それからいきなり那桜の躰に拓斗の慾が埋もれてきた。こじ開けられるようなきつさに目を閉じた。
 んっ。
 拓斗に腰を引き寄せられて密着する。躰の最奥でキスをした。きつくても、いまは触れ合っただけで泣きたくなる。

「拓にぃ」
「那桜」
 那桜に応えて呻くように拓斗が呼ぶ。どこか切実に聞こえて、那桜は目を開いた。拓斗の手のひらが額から頬へと滑る。
「那桜、妹に戻ると云うのがおれのためであるように、おれが和惟に譲ろうと考えた気持ちは、おまえのためだ。『託した』って云った和惟も同じだ。簡単に決めて、簡単に口にしたわけじゃない。そうだろ」
「……ありがとう、拓兄。ばらばらになって安まることがないなら、一緒にいたほうがいいって思えてる」
 言葉に詰まった那桜をなだめるように、もう一度拓斗が額を撫でる。次にはくちびるへのキス。そして、ゆったりと拓斗が動き始めて、一体化した場所が蜜とじゃれ合いながらキスを交わし始めた。
 あ、あ、あ……。
 波打つような律動が心地よすぎて、那桜は叫びだしそうになる。堪えるのに下くちびるを咬んだとたん、背後から手が伸びて那桜の胸をくるんだ。親指が尖った先端を弾くと、拓斗と繋がった場所へと感覚が伝わる。身ぶるいして、それでまた感じる。快楽の循環の始まりだった。
 徹底的に果てを見せられるのはわかっている。怖いのか喜んでいるのか、自分でもわからない。

「那桜は愛されるべきだ」
 そんな脅迫を吐き、和惟の指がお尻を這う。
「や、だめっ」
 お尻をすぼめた那桜の悲鳴と一緒に拓斗が呻く。
「とことんイケばいい」
 拓斗は躰の奥に慾を擦りつけてその意思を伝えてくる。
 和惟は胸先をつまんで刺激しながら、片方の手は蜜が流れて滑りやすくなっているお尻の間で戯れる。
 水音がひどく響くなか、何度も痙攣が走り抜ける。長くは耐えられなかった。拓斗がとことんと云ったのだから耐える必要はないのに、それでも堪えたくなるのは一緒に果てを見たいからだ。
「あ、んっ、あ、ああっ、拓、に……一緒に、ぅくっ、ぁ、ああっ」
「すぐ追う。イケ」
 拓斗に誘導されて、触れられたすべての場所から導火線を走る火のように熱が伝わり重なっていく。
「あ、だ、めっ――あ、あ、ぁあああ――っ」
 激しく跳ねた躰が和惟に受けとめられたと同時に、拓斗の慾が抜けだすと、那桜の躰に快楽のしるしが迸った。

 荒い息づかいが広い部屋のなかを熱く湿らせる。
 だらしないほど躰には力が入らない。
「ベッドだ」
 呼吸をリセットするように深く息をついた拓斗はそう云い、和惟から那桜の躰を受けとって抱きあげた。和惟の手が頬に添うと、愛してるという言葉も添う。
 愛してる。それは那桜にとっても口癖になりつつある。反射的にそう返そうとすると、拓斗のくちびるがシャットアウトした。

 二階に行ってベッドに寝かされると、脚が広げられて間に拓斗が入ってくる。
 きれいにして。そうできるのは拓斗だけで、なぜなら、同じ血を重ねることで那桜は浄化されている。
「那桜」
「うん」
「おれは自分から那桜を奪うことはできない」
 そんな気持ちで守られていたのなら、那桜に応えたい気持ちが芽生えてもおかしくない。拓斗に恋したことを心底から尊く感じた。
「拓兄……好き。愛してる」
 告白と同時に、躰が貫かれる。ゆったりといた律動で最奥のキスが繰り返される。躰を投げだしたくなるような快楽と同時に、苦しいくらいに好きだという気持ちを泣き叫びたくなる。堪えきれなくて那桜の口から嗚咽が漏れだした。

「愛してる。那桜。兄として、それ以上に男としても」
 囁くような声は本当に発せられたのか、熱に浮かされたように(くら)んで那桜にはわからなかった。



 八月の最終の日曜日、有吏家のダイニングで、那桜は斜め向かいの隼斗をじっと見守る。
 弁当箱は小さかったかもしれないと思うほど、隼斗はがつがつといったふうに口のなかにご飯とおかずを運んでいく。
 有吏家には一時間まえから拓斗と一緒に来ているのだが、ほんの五分まえ――
「まえのときは食べた気がしなかっただろうと思って」
 と、サプライズでいきなり隼斗に作ってきたお弁当を渡した。
 そう云った瞬間の隼斗は、何かを堪えるように歯を喰いしばって見えた。
 いまの隼斗の食べっぷりを見ていると、果たしてちゃんと味わっているのかと那桜は疑う。
 詩乃と目が合うと、呆れたように、けれど可笑しそうに首をひねって詩乃は笑った。

 いま詩乃は、変わらず云うことは率直だったり押しつけがましかったりするけれど、少しやわらかく雰囲気を変化させている。それが逆に、これまで詩乃がどれだけ気を張ってきたのかというのをくっきり浮かびあがらせた。いい方向へと変われたのは、今日は不在だが、何をやっても憎めない叶多と戒斗がこの家に滞在していることもあるだろうし、秘密が秘密でなくなり、詩乃が捨てきれなかった迷いをようやく断ちきれたということなのかもしれない。

 那桜の記憶は“戻った”ことにされ、詩乃がそう知ったのはお盆に実家帰りしたときのことだ。
 詩乃は何かを云いかけ、言葉が見つからないように口を閉じた。
『誕生祝いの絵を見たら、お母さんのこともお父さんのこともわかるから大丈夫』
 そう云ったら、詩乃は何も云わず、那桜を抱きしめた。きつくてもふわりと温かい。詩乃の体内にいた頃、こんなふうに感じていたかもしれないと思うような抱きしめ方だった。
『ありがとう』
 耳もとでつぶやかれた声に、那桜は『うん』としか答えなかったが、躰を離したときの詩乃は、これまでにない心底から笑った顔をはじめて見せてくれた。

 誕生の経緯を考えて気がふさぐこともある。受けとめているつもりでも、やはり知らないほうがよかったと逃げたくなる。だからだろうか、和惟がやったことでほっとさせられている。そして、そういう自分に苦しくなる。間接的でも、那桜が和惟にやらせた気がしている。たぶん、和惟の罪は那桜の罪でもある。一心同体とはそういうことだ。
 だから、和惟も戻ってきてくれる。
 そして、拓斗は考えていることを見透かしているように、那桜がちょっとでもふさぎこんだときは額に触れてくる。そんなとき、拓斗もまた平気でいるわけではないとあらためて那桜は知るのだ。

「うまかった」
 那桜たちが詩乃の手料理を食べていると、独り那桜の弁当を食べていた隼斗はだれよりも早く箸を置いた。心なしか、満足そうな顔だ。
「ほんと? よかった」
「那桜」
 隼斗はうなずきながら少しあらたまった声で呼びかけた。
「何?」
「また会社に出てきたらどうだ。おまえがいないといろいろ不便らしい」
 隼斗は何かをごまかすように肩をすくめた。隣を見上げると、ちょうど拓斗が目を向けてきた。
「ほんと?」
「細かい雑用が面倒くさいらしい」
 親子らしく、拓斗も隼斗も人のせいにしたような云い方だ。
「事故のこともあるし、嫌な思いするんであれば無理強いはしない」
「ううん。あれはわたしが悪いんだから。大丈夫。家にいてもヒマだし、成臣くんといるのはうんざりしてるから」
 詩乃が小さく笑い、拓斗も隼斗も笑い声は立てなかったがそうしていそうな雰囲気を醸しだした。
 その後、叶多たちが帰ってきて三時のティータイムをすごしたあと、那桜と拓斗は帰ることにした。

 玄関を出て間もなく。
「那桜」
 と、隼斗の声がする。振り向くと玄関先に隼斗が出てきていた。ゆっくりと近づいてきて、すぐ正面で立ち止まる。
「那桜、おまえは詩乃の体内に誕生したときから私の娘だ。そのことはだれも否定できない」
「……もしかしたらって……わかってても?」
「詩乃をひどい目に遭わせたことを後悔している。詩乃になんの負い目も感じさせたくなかった。詩乃と子供を否定することはしたくなかった。詩乃には無理強いしたかもしれない。ただ、おまえが生まれたとき、そうさせてよかったと思った。毎年、桜を見るたびにそう思う」
 隼斗の言葉は充分だった。
「お母さんにそう云ってあげたほうがいいかも」
 那桜が笑うと、拓斗と同じ笑い方が返ってくる。
「ありがとう、お父さん」
 云い終わらないうちに那桜は抱きしめられた。桜の木の下の場景が重なる。憶えているわけがないのに、父親の腕の温もりを懐かしいと感じた。
「また来い」
「うん」
 隼斗に見送られて車庫に向かう。

「拓兄」
「なんだ」
「拓兄とお父さんて似てる。素直じゃなくて愛情を表すのが下手っぴい」
「おまえも、こっちの気持ちそっちのけで自分の意を通すところは母さんそっくりだ」
 思いがけず反撃されて那桜は笑いだす。

「那桜」
 ふと、拓斗でもない隼斗でもない声が那桜を呼ぶ。ぱっと声のしたほうを見ると、いつの間に現れたのだろう――
「和惟!」
 車庫のまえに和惟がいた。
 立ち尽くした那桜の背中を拓斗が押す。子供みたいに那桜は駆けだした。
 一メートルくらい離れたところで立ち止まる。
「那桜」
 再び名を呼んだ和惟は、無精ひげもなければ髪ももとどおり短くして、気配にも、孤独さをなくし、磁力を感じさせる色香が復活していた。
「お酒、飲めなくなるけど」
「残念なところではあるな。那桜が酔わせてくれればいい」
「……どういう意味?」
「おれがいいと云ったら、の話だ」
 拓斗が口を挟むと、和惟ははっきりと笑った。やっと、戻ってきたのだ。
「和惟……おかえりなさい」
「ただいま」
 その言葉でこの二カ月、止まっていた時間がようやく動き始めた気がした。

「乗って」
 和惟は拓斗から車のキーをもらい、拓斗の――正確には和惟の車に近寄って、後部座席のドアを開いた。那桜が乗る間に、拓斗は反対側から後部座席に乗りこんだ。

「拓兄」
「壊させない。何があっても」
「はい」
 生まれたときからおそらくはそうだったように、那桜が忍ばせた手は大きな手にくるまれる。
 和惟が運転席におさまってドアを閉めた。



 拓斗と那桜、これからさきの時間に、遙か彼方、この時の有吏一族を率いた長の在り処に、名のなきみたりめの人がいたことを知る人はいないかもしれない。
 終わるときは同じ。それだけを希い、途絶える。


 ほかのだれも立ち入ることのできない在り処に囲う――CLOSERは完膚無きまでに、ただ守る人。
 − The Conclusion. Many thanks for reading.

BACKDOOR
あとがき
2013.02.13.【禁断CLOSER】完結
実兄妹の禁断ものを書きたく、2008年6月にお題『扉or鍵』からヒントを得て2009年の末に連載スタート。以後、3年強でようやく完結しました。
微ハードボイルドな暗の一族という世界観を交え、ダークにハードに純愛を、そして深遠で甘さを、ためらいなく描くのが目標でした。
この作品でしか感じられない何かを受けとめていただければ幸です。最後までお付き合いしてくださって本当に感謝します。ありがとうございました。
(詳しいあとがきはDIARYにて)   奏井れゆな 深謝

Photo owned by 純愛ジュール.