愛魂〜月の寵辱〜
第8章 抱擁−月のロザリオ−
#5
普通にしていろ。何があろうと、生きてさえいればそれでいい。
別れ際、吉村はそんなことを云った。京蔵が夜に来ることを知っていて、云ったというよりは願ったのかもしれない。
男たちがやってきたのは京蔵が来て三十分後だった。
その間に、京蔵に躰を舐めまわされ、お尻を刺激された。
長い月日のなかで京蔵にはすっかり慣れていたはずが、今日に限って、毬亜の気持ちは躰についていけていない。吉村と会ったことで、京蔵への嫌悪感がくっきりと顔を出した。
京蔵たちはいったん開かずの間に閉じこもり、毬亜は云われたとおり、宴の間にあるベッドの上でそのまま待った。
嫌悪感はあっても毬亜の躰は触れられると快楽を欲する。三十分もあればとっくに逝かされているはずが、京蔵は逝きそうになるとお尻から手を放し、そうはしなかった。
その火照りも徐々に冷めていき、毬亜は耳をすました。が、頭の向こうの部屋からひそひそ話が届くことはない。
明日、本当に何かあるのか。
男たちが訪れたとたん、京蔵は全身に針を立てたかのような、どこかぴりぴりした雰囲気を見せた。見せる、というほど神経質になっているのだ。
毬亜は躰を丸くしてサポーターの上からタトゥに触れた。今日までは守らなければならない。京蔵が毬亜という本当の名を知っているのかはわからないが、まだ吉村に対する気持ちに疑いを持つ京蔵だ、月を見ただけで吉村と結びつける。
京蔵はそう長くこもることもなく男二人を連れて入ってきた。
「いまは子作りの最中でな。尻の穴を使ってくれ。きれいにしてあるし、尻でも逝ける女だ。一度経験すれば忘れられんぞ」
見知らぬ男たちに犯されることも、京蔵から辱められることも、慣れているというよりは、ラブドールになりきって何も感じないようにしてきた。ただ快楽を貪るラブドールでいるほうがらくだった。
京蔵は広いベッドに上がってくると毬亜の頭上に座り、胸のふもとをすくった。寄せるようにつかみ、親指で乳首をつつく。
あ、ああっ。
なぜか予想以上の刺激を感じて、毬亜は躰をよじった。吉村に抱かれたときも痛みに近い感覚があった。
「乳首だけで反応がすごいですね」
男の声には下卑た笑みが滲んでいる。ふたりともがスーツを脱ぎ始めた。
「いい女だろう。だが」
京蔵は再び親指で乳首を捕らえると、捏ねるように動かす。
毬亜は声をあげ、逃れようと躰をくねらせた。男たちが来るまえに舐めまわされたときもそうだったが、乳首が異様に敏感になっている。快楽と痛みが同時に及ぶ。
そして。
「マリ、おまえはもう身ごもってるな」
京蔵の言葉に毬亜は与えられている刺激さえも忘れて凍りついた。
「……そんなこと……」
あるはずがない――と続ける言葉は虚しく、ないとは云いきれない、と、そのほうが当然だ。
「おまえの母親がそうだった。子供を儲(もう)けるつもりではあったが気づかなかったんでな、結局は流産したが、乳首を弄ってやるといまのおまえみたいな反応をしておった」
毬亜は目を見開いて真上にある京蔵を見つめた。
「お母さんが……?」
呆然としながら曖昧に問う。
母のかわりにならなければならない。そう確信した日から写真をメールで送るのもやめた。そうしたら、簡単な返事さえ来なくなった。それが現実だとわかっている。
「おまえの腹は大事に扱ってやるから無事に産むことだけ考えていればいい」
いつ流産して、母はどうなったのか。暗に含めた毬亜の疑問には欠片も答えは返らなかった。
生まれてくることなんて考えたくない。
明日が終われば――何も見えない日々をすごしてきた毬亜にとって貴重な気持ちだったのに、一瞬で色褪せた。
男たちに抱かれることまでは吉村もわかりきっている。けれど、妊娠してしまったことはどう思うんだろう。未来は曇り空のように見通せない。所詮、“明日”は“いつか”で雲の向こうに見える星のように手の届かないものなのだ。
「マリ、客も今日限りだ。感じてやれ」
京蔵はベッドからおりた。
今日限り。その言葉はなんにもならない。
男ふたりが京蔵と入れ替わりにベッドに上がってきた。
一人の男が頭上に来て、毬亜の腕をつかんでベッドに押さえつけると胸の上に顔を伏せてくる。
んあっ。
乳首が含まれ、やはりぴりっとした痛みを感じて腰をよじった。もう一人の男が膝の裏を持ちあげ、お尻を浮かして躰の中心に顔をうずめてしまうと、痛みから逃れることはできなくなった。
けれど、痛みには慣れてくる。もしくは、快楽のほうが上回ってきたのか。
いや、痛みすら快楽に変換されているのだ。乳首に舌が巻きつき、それが何度も繰り返されると敏感になっているぶん、胸がびくびくとふるえる。
反対側の胸に移るとまた痛みという段階から始まった。両腕から手が離れ、かわりに手首を頭上で重ねられ、男は片手だけで毬亜の手を括った。さきに口に含まれていた乳首が摘まれ、捏ねられる。唾液まみれでぬるぬるしているからだろうか、痛みではなく、陶酔を生むような刺激になって、胸が跳ねあがり始めた。
脚の間でもまた、舌で突起を転がされてお尻が跳ねる。
なぜ、躰は気持ちを裏切るのだろう。
「あっあ、あ、くっ……逝っちゃ……だめっ」
まっさらな世界に堕ちたような感覚のあと、束縛した男たちをはね除けるほど激しく、全身が波打った。
「こうもすぐ感じてくれると冥利に尽きますね。実にいい躰だ」
「だろう。儂が離れられんのだからな。さあ、男根は尻だぞ。それ以外は何をしてもいい。ただし、与えていい苦痛は快楽のみだ」
「わかってますよ。私たちも苦痛は苦手なので」
痙攣する毬亜を見下ろし、含み笑いながら男が答える。
「尻は儂がほぐしてやろう」
京蔵がベッドに上がり、毬亜を四つん這いにさせると蜜液の伝った孔口を弄り始める。顔のすぐ真横で男が膝立ちをして、腰を突きだした。その要求は無言でもわかる。毬亜はその男根を舐めさせられた。もう一人は胸を手のひらですくい、揉んだり、乳首をまわして捏ねたり、快感を煽ってくる。
そうして二回めに逝かされたあと、京蔵はベッドから引きあげてベッド脇のソファに座った。
男にお尻を犯され、四つん這いになった毬亜を背中から抱えるように起すと、膝の裏を抱えて脚を広げる。目のまえから別の男が秘部に指を挿入した。
お尻のなかで上下する男根は壁越しに子宮口辺りを刺激して、指は膣内の弱点と陰核をつついてくる。もうどう快楽を逃すこともできない。
やあっあ、あっあっ……。
出ちゃう、そう叫びながら毬亜は水しぶきを立てた。
逝っている最中でも、「いいぞ」とつぶやきながら男たちは責めることをやめない。息も絶え絶えになりながら毬亜は悲鳴混じりで喘いだ。
こんなあたしで、吉村さんはいいの?
京蔵の子をもしかしたら宿し、逝かされている、のではない、快楽の中毒者のように自ら何度も逝ってしまうあたしで。
男たちが入れ替わり、果てるのも四度めになるとおなかが重たくなっていく。逝ったときの収縮は子宮に影響を与えていないのだろうか。どうせなら母がそうだったように、このまま宿っているかもしれない命も流れてしまえばいい。
そして、そう思うことの罪悪感。半分は毬亜の血を受け継ぐのに。
助けて。
そう心底で叫ぶほど、吉村が傍にいないことが身に沁みる。
五度め、悲鳴をあげたとき、お尻のなかに二人めの男が二回めの精を放つ。そのへんでいいだろう、という京蔵の声がした。
男たちはよかったなどと感想を述べながら、残念がった様子で帰っていった。
力尽きてかえってお尻だけ高く上げたまま、毬亜は少しも動けない。衝撃の夜に見た母のような恰好でいるのだろう。
儂のばんだ、とそう云って京蔵がベッドに上がってきた。
「も……いや」
つぶやきは力なくも京蔵に届き――
「いや、おまえは底無しだ」
太い指が膣内に入ってきた。
「ここがまだだ。物足りないだろう」
と、指先は的確に弱点に到達し、ちょっと揉みこまれただけで淫蜜を吐きながら腰がふるう。
「ほぅら。おまえは可愛いぞ。何をやっても応え……」
「いやっ、違う!」
気づいたときは京蔵をさえぎってそんな拒絶の言葉が飛びだしていた。
おまえが可愛い。
吉村の言葉は特別で、同じ言葉を京蔵の口からなど聞きたくない。
「なんだと?」
平坦な声は京蔵が不快に思っていることを示している。毬亜は、吉村から普通にしていろと云われたことを思いだした。
「……パパ、違うの、ごめんなさい」
吉村じゃないだれかに抱かれるのも逝かされるのも、今日だけ、いまだけ、とそう自分をなだめながら云い訳を探した。
「おなかが重たいの。妊娠……してるんだったら怖い」
妊娠など勘違いだという可能性に縋りながら訴えた。
京蔵は少し間を置いたあと、めずらしくため息をつく。
「そうだったな。儂も神経質になっている。なあに、それも明日までだ。妊娠は情緒不安定にもなるそうだ。おまえを母親のように狂わせてはならん。気をつけよう。しかし、澤村は何も云ってこなかったが、今日の健診ではまだわからなかったのか」
「……何も云われてない」
健診自体を受けていないのだからわかるはずもない。まさかいまから連絡を取るとは云いださないだろう、そう願った。
「初期ではわからないのかもしれん。まあ、近いうちに調べればいいだろう。儂も付き添うぞ。そう時間を置くこともなく一緒に暮らせるようになる。だれにも気兼ねすることなく、な」
京蔵は最後、小気味よさそうに付け加えた。それは、艶子が妻の座から退くと云っているように聞こえた。
それも明日?
疑問に思っていると、掲げた腰をすくわれるようにしてベッドに寝かされ、ふと足首がつかまれた。毬亜はハッと息を呑む。タトゥを隠すサポーターがずらされる。
「見ておって気づいたが、まだこれは必要か。澤村の彫り師は藪(やぶ)ではないはずだが」
京蔵は怪訝そうな声でつぶやいた。血が上ると自ら云ったように、京蔵は思いのほか毬亜を抱くときはセックスに夢中になっているのかもしれなかった。客に抱かれる毬亜を見て、やっとタトゥに気がまわったらしい。それが、最後になるだろういまになってなぜ、と、絶望すら感じて怯えた。
サポーターを足首から抜き、そしてシートを剥がす。そうした京蔵はじっと凝り固まったようにタトゥを見つめた。
「何を彫った」
見てわかるだろうに京蔵は問いただす。脅しを込め、肝を据えた声に聞こえた。
「クロスとムーン。女の子たちに人気のあるアイテムなの。バタフライでもよかったけど、黒一色だからあんまり可愛くはならないし。……だめだった?」
“月”という言葉を使わず、もっともらしく説明してみた。ゆっくりと京蔵のまぶたが上がり、毬亜を見つめる。逸らすことはかなわず、厳つい眼差しを受けとめていると、京蔵は薄気味悪く笑った。
「まあいいだろう。明日はおまえも連れていこう」
と、どこに連れていくのか、京蔵は思いついたように云った。
おそらく、取引の現場か、それとも吉村との対決の場か。いずれにしろ、いまタトゥのことを追及されないことには安堵したものの、気が進むわけがなかった。
「パパ、今日は口でいい?」
「ああ、今日はそれでいい。これから時間はたっぷりある。いつでも抱いてやれるぞ」
緩慢に躰を起こして、あぐらを掻く京蔵の股間に顔を伏せた。京蔵が果てるまで時間がかかるのはいつものことで、その間、毬亜の胸や秘部を弄んでいた。蜜を滴らせてしまう毬亜に嫌らしい言葉をかけ、悦に入った京蔵から一度は痙攣するほど逝かされた。
一方的に望まれることと、互いに望むことの違いは大きかった。ただの快楽は疾しさに侵され、気持ちまで絡まる快楽は離れがたい。それほどまったく違う。
愛しい人に愛されている。そんなふうに吉村から抱かれたからこそ、毬亜はいままで以上に自分が疎(うと)ましかった。唯一安らいだのは、吉村とただ繋がっていた時間、吉村を憶えた躰を守れたことだった。