愛魂〜月の寵辱〜

第7章 摧頽(さいたい)(みだ)りに淫ら−
#2

 ソファとテーブルの間を進み、毬亜は吉村の脚の間に立った。ソファに背中をもたれ、煙草を吹かしながら紫煙を避けるように目を細めた吉村は、毬亜の下腹部からゆっくりと視線を上げてきた。
 こんな顔をするのだ、と呆然としてしまうくらい、ぞっとする冷ややかな眼差しが毬亜の顔に注がれた。吉村に背けばその眼差し一つで、黙殺という、文字どおりのことをやってのける。そう思わせる、殺伐とした気配を漂わせている。
 さっき嵐司にやったように蹴られなかったことのほうが不思議なのかもしれない。クラブで目が合うとき、ずっと温かく受けとめられていたのだと思い知る。
 けれど、独りぼっちでいるよりは吉村に殺されるほうがどんなにか幸せだろう。そんなことも思う。
 吉村の目は伏せられ、毬亜と嵐司の快楽のしるしが伝う脚へとおりた。いまさらでも隠したくなる。
「吉村さんに……抱かれたい。最後に」
 吉村の目がすっと顔まで上がってくる。
「最後?」
「あたし、お母さんのかわりにならなくちゃいけない。お母さん……いなくなったから」
 そうでしょ? ――と、そんな疑問は口にしなかった。吉村に嘘は吐かせたくなかったし、母がいないと認められたら支えをなくしてしまいそうで、生き延びられない。父のように消えただけで、どこかにいると儚い望みを持っているほうがよかった。
 生き延びることにもう意味はないのかもしれないが、自分のために生き延びる理由はなくても、吉村のために生き延びる理由はきっとある。吉村がさっき嵐司にやったように、吉村は京蔵からそういう目に遭わされてしまう可能性があるのだ。
 艶子との危うい関係がある以上。
 母に続き、吉村を慕いながら毬亜までもがいなくなれば。
 今日、京蔵が毬亜を犯したのはそんな意味があったと思う。
 吉村は睨(ね)めつけた目を伏せ、まえにのめると毬亜の躰をよけながら灰皿に煙草を押しつけた。
「ばかなことを考えて……」
「考えてない。生き延びるの。だから……」
 床にひざまずこうとした矢先、吉村の右脚があがった。反射的に身をすくめると、蹴られたのはソファの間のテーブルだった。反対側のソファにテーブルが当たって灰皿がカタカタと音を立てる。
 テーブルは毬亜の身代わりでそうされたのか、一瞬そう思った。
「最後だと思うな。憶えておけ。おまえはおれを排除できない」
 吉村は立ちあがるとスーツのジャケットを脱ぎ始める。毬亜はスーツパンツのなかから薄紫のシャツを引きだした。
「オイルを持ってこい」
 毬亜はうなずいて、ラブドナー用の道具を置いた浴室に取りにいった。
 戻ってくると吉村がシャツのボタンを外し終わるところで、毬亜はひざまずいてベルトを外す。吉村はスーツパンツのボタンを、毬亜はファスナーを、そして、吉村がスーツパンツをずらして毬亜はボクサーパンツごと引きおろした。
 吉村はソファに座り、毬亜が靴下を脱がせてしまうのを待って顎をすくった。
「おまえが最後だと思っているかぎり、おれがおまえを抱くことはない。テーブルにのって尻を上げろ」
 抱いてと願ったのに応えて裸になったと思ったのに、その言葉はどういう意味なのか、吉村は顎をしゃくって命(めい)を下した。
 毬亜はうなずくとテーブルに膝をつき、ソファに肘をついてお尻を高く差しだす。吉村の手が双丘をつかんで、お尻の谷間を広げた。
 息が触れた。そう思ったとたん。
 あっ。
 孔口に吉村の舌が触れ、それだけで快楽を感知する神経が反応した。
 何が違うのか、毬亜のお尻を買った倉田がどんなに弄ろうと、びくっとする生理的反応はあっても快感までには至らない。それなのに、吉村はいとも簡単に感覚を刺激する。
 セックスの場所ではないと思うのに、お尻は刺激に弱い。孔口を尖らせた舌先でつつかれると、まるでキスを返すみたいにそこがひくひくしているのが感じとれる。その条件反射でさらに毬亜自ら快楽を得てしまっている。
 かぼそく高い声は甘えるようで、止めることはかなわず、お尻をふるわせながら秘孔からは蜜を溢れさせている。逝くに逝けない、そんな焦れったさのなか舌が離れていくと、もっと、と物足りなさを訴えるように呻き声が漏れた。
 吉村がオイルを手に取り、それをまぶした指先が毬亜の空洞を埋めた。指先にとどまらず、じわりと潜ってくる。
 あ、あ、あっ。
 孔口はすでに舌先でほぐされていて、太い指を易く呑みこむ。吉村の唾液とお尻の生理的反応で分泌された粘液、そしてオイルが緩和しているのだろう、指の腹が腸壁を摩擦しても痛みも窮屈感もない。ただ身ぶるいするような刺激を生んで、その感度が上昇していく。
「二本だ。力を抜け」
 云われるまでもなく、お尻を触られると力は自然と怯む。二本の指が重なって入るときつい。が、それを相殺するような心地よさもあった。吉村は出し入れをしながら、だんだん深く抉ってくる。
「ここまでだ。どうだ」
「だいじょー……う、あっ」
 毬亜の返事を待たず、壁を魔撫しながら吉村は指を引いた。出てしまう寸前で止め、またひねりながら奥に入ってくる。
 ぁああっ。
 摩擦の力加減が絶妙で、入ってくるときの脳内が痺れたような感覚と、引いていくときの追いたくなる感覚が終始ぷるぷるとお尻をふるわせる。吉村は出入りさせながら、毬亜の弱点を探っていた。探し当てられたのはおなか側の部分だ。そこを弄られると、とろりと秘孔から蜜が押しだされてお尻が痙攣する。一気に力が奪われた。
「ああっ、だめっ」
 本当にやめて欲しいのかどうか、ただ、快楽と同時に崩壊しそうな怖さがある。
 吉村は止めることなく、そこを集中的に攻めた。混合された粘液がぐちゃぐちゃと膣内のように音を立て始めると指が一気に引き抜かれた。
 ふ、はぁああっ。
 間の抜けた悲鳴の直後、躰を支える腕が頼りなくふるえるなか、指よりも明らかに太いものが孔口に押しつけられた。
「吉村さ……そこは――っんんっ」
 叫んでいる間に吉村の男根が孔口を押し広げる。怖さに息が詰まる。
「あいつに犯されたいか?」
 毬亜は頭を振って否定した。
「そんな、こと、ないっ。でも――っ」
「膣とは違う。はじめてかどうか、奴がわかるわけないだろう。おれの男根を知っておけ」
 倉田は毬亜のお尻の所有期間を少しでも長引かせようとしているのか、いつまでたっても慣らしで終わり、犯そうとはしない。ヴァージンを奪ったのが吉村でなければ、お尻も吉村ではないのだと、投げやりになっていた。
 いま、吉村はきっと危険を冒している。それは、激昂したゆえの無謀さなのか。
 毬亜は拒まなかった。
 好きでたまらない人の慾がお尻を侵してくる。男根の先端を呑みこんでしまうと吉村までもが呻いた。
「息をしてろ。きつくなる」
 云われて、呼吸を止めていたことに気づき、ふるえる息をついた。その緩んだ隙をついて、吉村は躰を沈めてきた。
 あ――う、くっ。
 ソファのカバーを握りしめ、躰の奥まで埋め尽くす吉村のオスを感じていた。やがて、お尻と吉村の下腹部が触れ、最奥まで達したとわかる。
「どうだ」
 そう訊ねる吉村自身、どこか苦しそうで呻くような声だった。
「いっぱい……で、怖い」
「きついが裂けちゃいない。少しずつやる」
 毬亜はうなずいた。
 吉村がじりじりと躰を引く。そして、穿つ。それを繰り返しながらだんだんと深いストロークになっていった。
 毬亜の呻き声はいつの間にか喘ぎ声にかわり、それは自分でも淫らに聞こえる。律動に伴う摩擦に痛みという抵抗はなく、それどころか快楽を得始めていた。
「抱えるぞ」
 そう云った吉村は繋がったまま、羽交い締めをするように毬亜の腋を抱えながら上体を起こした。肩を右腕で抱え、左腕は膝の裏をすくう。
 そうしながら吉村は毬亜を連れて背後のソファに座った。左腕に膝の裏を抱えられたまま、右手が開脚した間におりた。
 あ、んんっ。
 突起を弄られて躰が跳ね、貫かれたお尻までがびくっと揺れて感じてしまう。
「愛液がだらだら流れてくる。お尻も気持ちいいか」
「吉村さ……んっ、に、触られる、と……んふっ……止まらない、のっ」
「おれはおまえのすべてだ。おまえの心も躰もそうできている。憶えていろ」
「あ、ふっ……怖い」
「怖がらずに吐きだせといつも云ってる」
「吉村さん……」
「なんだ」
「あたしも、艶子さんみたいにされたい。あ、んっ……吉村さんの翼で抱きしめて」
「違う」
 何が違うというのか、吉村はそう云いながらもソファによりかかり、翼を持つ右腕で毬亜の胸を抱いた。
「脚は自分で広げてろ」
 吉村は左手にかえて無防備に晒した花片を弄りだす。腰が跳ねるのは止められず、そのうえ、吉村の男根はちょうど弱点に当たり、下から腰をうねらせられると堪らなかった。
「あっあっあっ……逝っちゃいそう……吉村さん、漏れちゃうっ」
「逝け。おれも追う」
 吉村の右腕がきつく毬亜を締めつける。お尻を侵す男根に裏側から刺激され、快楽に逆らえなかった。翼のなかに隠蔽されて愛されているようで、毬亜は高く飛び立つような錯覚に陥る。
「あ……も、だめっ――逝っちゃっ――ぅん、くっ」
 背中を吉村に押しつけ、首を反らしながら果てに放りだされた。すべてが弛緩して、漏れだすのを我慢することはできなかった。がくがくと腰が揺れ、やがて吉村がお尻のなかに精を放った。そのくすぐったさに腰をよじれば、さらに昇りつめる。絶え絶えになった呼吸は酸素不足を引き起こし、毬亜は右腕にしがみつきながらぐったりと吉村に躰を預けた。
「おまえが可愛い。どんなに長くかかろうと――」
 吉村はそれ以上を口にしなかった。

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