愛魂〜月の寵辱〜

第1章 堕ちる
#3

 女は這いつくばり、お尻を高く持ちあげて背中をしならせていた。その躰に密着しているのは、吉村よりひとまわりくらい年上じゃないかと思われる、がたいの大きい男だ。女のお尻をつかみ、腰を大きくゆったりと前後させている。何が彼女の躰のなかで起きているのか、腰が押しつけられるたび、肌がぶつかり合う音と一緒にくちゅっと水音が聞きとれ、一定のリズムで悲鳴が飛びだす。
 あ、あ、あっ……。
 ぶらさがった白く大きな乳房はゆさゆさと揺れていた。
 毬亜は目が離せなかった。
 セックスは経験がなくても知っている。こういう形があることも知っている。けれど、その行為を、人の行為をじかに目にする機会があるなど思ったこともない。
 生々しい以上に、恋すらわからない毬亜にとってあまりに衝撃的な光景だった。
 あっ、あ、あ、もう……っ。
 それは悲鳴であって悲鳴ではなかった。ぺたりと肌が重なるたびに女の腰は痙攣しているのだろう、太腿とお尻の肉が小刻みにふるえている。
 入り口で棒立ちになった毬亜を、背中に当てた手がまえに押しだす。
「“もう”、なんだ。逝きたいか」
 切羽詰まったような女と違い、悠然と腰を打ちつけながら男が嗤う。
「あ、んっ……は、い……んあっ」
「だったら自分で動け」
 男は云い放ち、お尻から手を放した。
「はい」
 女は敷ぶとんにつけていた額を持ちあげ、顔を起こすと両肘をついたまま腰をうねらせ始めた。ますますお尻の痙攣がひどくなっている。
「あ、ああっ、あ、んんっ……だめ、ですっ」
 男は膝をついているだけで少しも動かず、まるで仁王立ちだ。彼女は自らで快楽を得て自分を追いこんでいた。
 見たくない。それなのにやっぱり毬亜は見入って目が離せない。
「嫌らしい女だ。おれに喰いついているぞ。もう何回めだ?」
「……三、回めで……んくぅ」
「薬も使ってないのにこうまで腰を振るようになりおって、おまえは快楽に貪欲だ。限界がないな? セックスなしでは生きられんだろ」
 女は腰を揺らしながら力なく首を横に振る。
「ち、違い……あっ……」
「何が違う。ほら」
 男は自分を強く突き入れた。
 あうっ。
 ひと際大きな声が響く。
 男が腰を引くと、さっきはお尻をつかむ腕の影で見えなかったオスの性器が見えた。女と繋がっていても濡れて光るソレがくっきりと見える。それほど長く太いものが女の躰におさまることが信じられない。
 男はすべてを女の躰に沈め、さらに腰を入れた。とたん。
 い、あ、ぁああああああ――っ。
 女は一瞬だけ息を詰めたように静止したあと、顔を上向けて甲高い声を長く放った。お尻がブルブルとふるえ、股間からプシャッと何かが迸る。躰がびくびくと跳ねているなか、男はゆっくりと自分を引き抜いた。ソレはぷるっと弾むように飛びだし、そんな瞬間すらも刺激になるのだろう、彼女はまた悲鳴を放つ。
 女の呼吸は荒くふるえ、力が尽きて姿勢も変えられないのか、恥ずかしげもなくお尻を掲げたままでいる。
「まだ逝けるな。今度はこっちだ」
 今度は?
 男は云いながら指で女の股間を弄り、その指を少し上へと滑らせる。呼吸が時折悲鳴になるなか、何度か往復したあと男は手を放した。そして、さっきまで挿入していた場所から少し上の部分に男のモノが充てがわれる。男は手を添えてそれを押しつけた。
 ひっ。
 高いトーンの一語を放ち、女の手はシーツを握りしめる。
 うっ……あ、……んくっ。
 男のモノが沈むにつれ、女はつらそうに呻く。いや、それは本当につらいのか。やがてお尻と男の下腹部が密着したとき、女の吐息は恍惚(こうこつ)として聞こえた。
 男が躰を引き、すべてを引き抜く。
 あ゛、ぅぁああっ。
 なんとも云えない声で女は喘ぐ。
 男はまたお尻のなかに埋もれていく。そしてまた引き抜く。
 まえのときはぎりぎりまで繋がっていたのに、いまは全部を引き抜いてしまう。そこに意味はあるのか、彼女の喘ぎ声はだんだんとひどくなっていった。
 何が行われているのか、毬亜はわからなかった。
「おまえは尻の穴で感じてるのか」
「あ、ち、違い……まっ……あああっ」
 首をのけ反らせ女は嬌声をあげる。
「違う、だと?」
「あなた、に、……はうっ……京蔵(きょうぞう)さまにっ……感じて、あっ……ます。京蔵さ、まにしかっ、あああっ」
 男は腰を動かしながら高笑いをする。
「よく云った。娘のいい手本になるだろう。それでこそ母親だ」
「む、娘!?」
 驚愕した声が和室に響いた。
 それを聞きとれるということは、彼女は見られていることを知っていたはずだ。厳密にいえば、見られていることではなく、新たな傍観者が現れたこと、を知っていたはずだ。アパートの部屋二つ分よりも広いこの部屋に入ったときはすでに、毬亜たちのほかにも一人ないし二人の男が無言で四隅にいた。
「ほら、ちゃんと見せてやれ」
 男は躰を繋いだまま背後から女の躰を抱えあげ、わずかに方向を変えながら腰を落としてあぐらを掻く。
 人に見られながらも隠すことなく、痴態を晒しているその女は――
 毬亜の母に違いなかった。
 乱れた髪は汗のためか顔に貼りつき、その合間から母の瞳は毬亜を認めた。母は目を見開き――
「あ、あ、嘘よっ、なぜっ!?」
 叫んだあと、狂ったように首を横に振る。
「京蔵さま、わたしは逃げません! 約束をしたのに……っ。だから、娘は……あうっ」
 母に“京蔵さま”と云わせる男は何者なのか、細い腰を抱きこみ躰をうねらせると母の訴えはいとも簡単に快楽の声に変わる。
「娘のためか。では、女の喜びを教えてやれ。それが娘のためだ」
 京蔵は母の腿をつかみ、広げにかかる。
「いやっ、やめて――」
「なるか」
 必死で閉じようと試みるも、母よりもひとまわり大きい男の力に敵うわけがない。
「おかぁ――」
 何をしようとしたのか自分でもわからない。わからないうちに背後から抱きとめられて口がふさがれた。煙草の香りだと思ったとおり、後ろを振り仰ぐと吉村だった。クラブで浮かべている笑みの影すらない眼差しが毬亜を見下ろす。
「母親は当てにならない。見ておけ」
 非情な言葉をごく静かに囁き、吉村は毬亜の顔を正面に向けた。
 そこに見たのは、M字に脚を広げられ、すすり泣く母の姿だった。男と女が本来どこで繋がるべきなのかはわからない。母は男のモノで串刺しにされているが、そこに痛みはないのだ。畳二帖ぶんの距離からは、秘部だけではなく内腿までもがしとどに濡れているのがはっきりとわかった。照明が反射して光が淀(よど)めいている。
「ごめん……なさい」
 母はだれに謝ったのか。京蔵から躰を持ちあげられ、抜けだすかどうかの限界でおろされ、それを繰り返すうちに母のすすり泣きは縋(すが)るような啼(な)き声に入れ替わった。
「目を背けるな。総長に逆らうのもやめておけ。それがおまえのためだ」
 母の声に紛れて吉村がつぶやき、その忠告に毬亜は目が眩(くら)むほど途方にくれた。


 母は一五五センチの毬亜よりもちょっと背が低く、わずかに童顔でありつつ、娘から見ても綺麗だと思う。色が白くて、ホステスという職業を意識してきたのだろう、スタイルも若いまま維持していてグラマラスだ。
 三十九歳という年齢よりも若々しく見えて、だれかの母親らしくはなく、だからなのか、毬亜はいま他人のように、淫猥(いんわい)な母の姿を眺めていた。
 きっと混乱して頭がうまく働いていない。それでも考えた。
 話をする。そのようなことを母が云ったのは二回。
 二回め、話をしてくるからと云って母が消えたのは一週間まえだ。それだけでこんなにも夫じゃない男とのセックスに溺れるものだろうか。
 一年まえにあった一回め、何もできなかった父とは違って、母は話を付けてきたと云った。その時点でもしかしたら。
 なぜなら、不思議だった。母の云うとおりに毬亜が追いかけられることはなくなって、借金取り自体が押しかけてこなくなった。
 あまつさえ、毬亜と同じように逃げて怯えていたはずの母は、達観したように強くなって見えた。目のまえで起きていることがその代償だとしたら。
 母はなぜ父と別れないのだろう――心細かった夜以来、毬亜が抱いてきた疑問だ。
 別れないどころか借金を返そうとしていたのは、母のプライドのように感じて、大人になるということは自力で立つことで、だから毬亜は大人になりたいと思ってきた。そうすれば何も見えない不安から逃れられる。“話を付けてきた”母のように対処できるようになるのだと漠然と信じていた。
 それなのに、いま正面にいる母は好きでもない男とセックスをして、娘のまえでもセーブできないほど、意志の欠片もなく快楽に浸かっている。
 それとも、京蔵という男のことを好きなの?
 ああっ、んんあっ、うはあっ……。
 母の唸るような喘ぎはまえとは違う。
 奥を突かれるときではなく、男のモノが抜けだしていくときのほうが反応はひどく、母の躰は武者ぶるいを起こしながら、尖(とが)った乳首と同じように赤く染まった秘部からは、粘液を垂らしている。
「娘のまえだから簡単には逝けんようだな。だが、耐えたぶんだけ来たときが激しいぞ」
 京蔵は興じた声で母を煽(あお)る。
 母はでき得る力の限りといった様で首を横に振った。
 京蔵は笑い、そして、母を持ちあげる高さを微妙に変えた。男の先端がくびれているところまで見える。そして腕をおろすと同時に埋もれていく。抜けた瞬間の母の痙攣はいっそうひどくなった。
 あうっああ、ああ、ああ……。
 足掻くような嬌声をあげていた母は品格を無にして、口をだらしなく開け、秘部と同じように涎(よだれ)を垂らす。足先がぴんと伸びてこわばった。
「も……だめ……あ、ぐ――っ」
 母は目を見開き、呼吸を止めた。男のモノがぬぷっと鈍い音を伴い、ずるりと抜けだした一瞬後。
 あ゛……やぁああああ――っ。
 仰向いて京蔵の肩に頭を預けた母は瀕死のような叫び声をあげ、躰をがくがくと揺さぶる。腰が前に突きでるたびに秘部からは水のような液体が迸った。
「潮まで吹いて尻の穴一つで逝ける女はそういない。おまえはおれが一生可愛がってやる。いいな」
 母は快感を受けとめるのが精いっぱいのようで応えることはなかったが、京蔵は返事を待っているふうでもなく――もしかしたらそれは毬亜への宣言だったかもしれず――母をうつ伏せに寝かせた。
 京蔵は母の脚の間に入って、細いウエストをつかみ自分のほうへと引き寄せる。どれくらい快楽は持続するものか、びくびくする躰は力がまったく入らないようで、必然的にお尻だけが持ちあがった。
 京蔵は黒々とした自分のモノをまた母の躰に沈めていった。苦しそうに喘ぐ母にかまわず、ピストンを扱うように出たり入ったりを繰り返す。それがだんだん激しく速くなっていく。
 母は声をあげる力もなく、ただ呼吸を荒げていたが、弛緩(しかん)しているのか突かれるたびに股間からわずかに水を散らし、その躰はまた痙攣し始めていた。
 京蔵が低く唸った。五十代だろうといえども弛(たる)んではいないそのお尻がふるう。オスの咆哮(ほうこう)が短く轟いた。それを追うように母がかぼそく悲鳴をあげて、どちらの影響か、ふたりの密着した腰がぶるぶるとふるえた。
 やがて京蔵は唸るように大きく息をつき、躰を離した。そそり立つようだったモノは弛(たゆ)み、母との間で糸を引いて粘液がふとんの上に落ちていく。
 京蔵はふとんの横に脱ぎ捨てられていた浴衣を羽織り、簡単に帯を締める。
「娘、来い」
 背の高い吉村と並べば京蔵はいくらか低いはずが、じろりと目を向けられたとたん、そびえたっているような印象を受けた。瞳は吉村よりもずっと穏やかな印象だが、それがよけいにその奥に眠るものを怖いと感じさせる。
 口もとをふさぐ手と腰を抱く腕が離れても毬亜の足は動かない。吉村に導かれてつまずくように踏みだした。
 傍に行くと京蔵が動いて、毬亜はびくっと肩を揺らす。顎をすくい、毬亜の顔を舐めまわすように見つめた。
「やはり、父親よりは加奈子に似てるな。母親のことは心配するな。逆らわないかぎり、大事にしてやる。おまえもだ。わかったか」
 間近で見る瞳は冷酷さ以上に残忍さを映して見えた。短めの髪を撫でつけ、頬がわずかに弛(たる)み、しわの数だけ人を殺(あや)めているんじゃないかという渋面をつくりだしている。
 毬亜は蛇に見込まれた蛙のように口のなかがからからに乾いて応えられない。京蔵の目が狭まると同時に、背中に置かれた手に力がこもった。
「……はい」
 吉村の忠告を思いだしてどうにか声にした。
 京蔵はうなずき、毬亜の顎を解放する。そうして、しどけない恰好で放られ、痙攣の止まらない母の横に行ってかがんだ。
 京蔵は母の秘部に中指を入れ、悶える母にかまわず、引っ掻くような動作をした。
「男の種を喰らって恍惚(こうこつ)とする。それが女だ」
 わずかに指先を曲げた状態で引きだされた。そのあとから白く濁った粘液が母の体内からぼとりと落ちる。
「おまえの母親は美しいだろう?」
 京蔵は口を歪めて毬亜を見上げた。何も反応を返せないでいると――
「加奈子のはじめての男になれなかった。それが無念でたまらん」
 京蔵は首をひねりながらそう次ぎ、立ちあがった。そして、母から退くと、少し離れた座椅子に腰をおろした。
「極楽を見せてやれ」
 隅にいる男たちを見やってだれにともなく京蔵は令を下した。それから毬亜に目を向け、続けて吉村を見やると顎をしゃくった。
「浄(きよ)めてやれ」
 二つの言葉はそれぞれどういう意味なのか。
 毬亜は吉村に腕を引かれて部屋の出入り口に向かった。
 廊下に出て戸が閉められる寸前、後ろを振り向くと、ハイエナのように三人の男たちが母に群がっていた。自分で動けない母は、まさにハイエナに狙われる死体とかわらない。けれど、母の呻き声はけっして嫌がっているようには聞こえない。
「行くぞ」
 今日三度めとなる言葉で吉村は毬亜の手を引いた。

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