純愛ジュール◆TRACE-時の鼓動-
Meet You Again
見つけた。
やっと再会った。
唯一の救世主。
もう取り逃がしたくない。
探しきれなかった時間。
もしかしたらそのずっとまえから続く、空、虚、無。
それを埋められるのは、きみ、しかありえない。
あのときの苦すぎる悔恨が甦り、胸が傷んだ。
なぜここに離別がある?
なぜそれが“いま”なんだ?
なぜおれはなにもできなかった?
だれか責めてくれっ。
二度と目を開くことのない友人を乗せた車は、その現実を脳裏に叩きつけるようにゆっくりと動きだす。
重厚な門の前で、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
灰色の景色に溶け込み、車は消えていく。
永遠の離別を悼むかのように小雨が舞う。
濡れるのにもかまわず、同じように立ち尽くした数えきれないほどの人々が沿道を埋めていた。
その群れは、背中に宿る悲しみを隠しきれないまま、それぞれの帰るべき場所へと散っていく。
街路樹の葉が濡れ、わずかな光を浴びて輝いている。
その輝きはあまりに冷たく寂しげで、おれを嘲る。
同じ傷みを負った友人たちが、帰ろう、と促す。
それでも動くことすらままならず、帰ろうなどとは思い寄らないほど深く深く落ちた。
独りにしてくれ――。
だれになんと慰められても安らぐことはなく、ただ悔恨の鎖ががんじがらめにおれの心を縛った。
同じ過ちを再び犯した自分は、もう救いようもないほどに立ち直るきっかけを、そしてここに在る意味を見失ってしまった。
なぜ、なぜ、なぜ…………。
心は同じ言葉で嘆き続ける。
答えが見つかることはなく、ただ時間だけが己の心を置き去りにして進み続ける。
目の前のアスファルトに自分の感情が融和しそうな気がした。
どれだけの時が刻まれたのか。
途方に暮れたまま、ようやく顔を上げた。
意味をなさない視界に入ったのは独りの姿。
道を挟んだ向こう側に、屈みこんで顔を膝に埋めている姿。
身動き一つすることない姿――彼女は、一瞬前までの自分の姿であった。
道路を横切り、近づいてその肩に触れた。
無の感情が動くはずもなく、ただ躰が動いた。
小雨ではあったが、降り続くそれは自分と同じように彼女を濡らしていた。
彼女は顔を上げておれを振り仰ぐ。
そこに、予測していた涙の跡は見つからなかった。
うずくまった彼女の姿に見えた哀しみも、その瞳には一切存在しない。
自分がなにをしようとしたのかすら忘れるほど。
驚いたのは。
彼女が女性というには若すぎたこと。
その少女の瞳が“彼”に似ていること。
なにが、まだ幼いとしかいえない彼女をこんなふうにさせたのだろう。
「傘を貸そうか」
やっと口にした言葉。
間の抜けた申し出。
いまさら、濡れたふたりには傘など意味もない。
彼女は立ちあがって首を横に振った。
彼女の視線が辺りをさまよう。
まるで自分の居場所を確認するかのように。
そして背を向け、おそらくは在るべき場所へと彼女は歩きだす。
それを見届けて、ようやく家に帰ろうと思った。
彼女とは逆の方向へと足を向ける。
数歩進んで、ふと立ち止まった。
だれかが呼び止めたような気がした。
単なる 気のせいか。
それとも、願い、だったのか――。
振り向いたそこには彼女が立ち止まり、同じように――果たしてどちらが早かったのだろう、こちらを見ていた。
彼女はゆっくりと引き返してくると、数歩手前で立ち止まる。
「ありがとう」
なにが? と思った。
それを察したのか、彼女は照れたような微笑みを浮かべてもう一度くり返した。
「傘……ありがとう」
傘を貸そうか、と、ただそれだけの言葉がそれほど重大なことだったのだろうか。
そう思うほど、彼女の顔に浮かんだ微笑みは澄みきっている。
その瞳からまっすぐに注がれる煌きは幻なのか。
無意識のうちに手を伸ばして頬に貼りついた彼女の髪に触れた。
長い髪を肩の向こうに振り払う。
手が彼女の冷たい頬をかすめた。
背負った哀しみが癒されるかもしれない。
漠然とした思いはけれど、言葉にも行動にもならなかった。
「さよなら」
別れの申し出に頷いて答えることしかできなかった。
それが確信に変わったときにはきみを探すすべさえないと気づき、ただ季節だけが過ぎていった。
あのとき、自身に迷うことなくきみの手を取っていたなら、いまのきみの抱え持った傷がこんなに深くなることはなかったかもしれない。
瞳はいつもきみを追っている。
再び心が後悔に波打つ。
が、その一方で思う。
おれはきみとまた廻りあった。
そのために、きみは、生きて、ここに、在る、のだ――と。
− The End. − Many thanks for reading.
Material by Heaven's Garden.