ミスターパーフェクトは恋に無力

第2部 Mr.パーフェクトは恋に無力
第4章 ダブルコーナー〜愛人の品格〜

7.愛びとの証し

 松田から送ってもらい、千雪のマンションに着いたのは十一時をすぎた頃だった。千雪が浴室に消えると、建留は躰を投げだすようにソファに座って吐息を漏らした。
 転んだときの痛みは、ひどかったこめかみも触れなければなんともないらしいが、千雪がどうにもならなくなるまで、あるいはこっちが気づくまで何も云わないことも知っている。

 茅乃がやってきて耳打ちしたときは、もうこんな思いをするのも何度めか、心窩(しんか)から手を突っこまれ、臓腑(ぞうふ)を抉(えぐ)られたような気になった。立ち尽くしたような気持ちとは反対に、躰は即座に動いた。
 茅乃から転んだときの状況を聞きながらティルームに行くと、茅乃をリビングに帰してから、建留はなかに進んだ。
 テーブルの下に座りこみ、うつむいた千雪が目に入る。その姿勢から息があることは確かだった。
 保証された存命に安堵したのは半分、負傷していないかという不安と、何かあったという怖れ、それら二つが残りを占めた。
 思いがけなかったのは、建留にまったく気づいていなかった千雪の手によって、建留の手が振り払われたことだ。躰を縮こまらせた千雪の姿は、あの日を彷彿(ほうふつ)とさせる。
 おれは何をした?
 ほんの数時間まえ、千雪は未来の話を建留に語ったというのに、そんな意味不明な思考に及ぶほど、自分が動揺したのは、何が理由か。
 手がはね除けられたのは建留を建留と認識していなかったせいだとすぐに見当はついたが、それで安心したかというと、この部屋に入った瞬間から突如として覚えた危うさが鮮明になっただけだった。

 何があった?
 建留は自分に問う。
 千雪を独りで返すつもりはなく、付き添うなら小泉家を刺激しないほうが賢明だ。そう思い、帰るのは小泉家が帰ってからだと主張すると、千雪は渋々と従っていまの時間になった。
 ふと、憂える原因の一つ、小泉家の面々を思い浮かべたとき、ティルームに入ったときの違和感が建留のなかに甦る。小泉家と、自分に動揺を及ぼした理由が繋がっている、とそう本能が教える。
 なんだ……。
 眉をひそめると、テーブルの上にのったアロマポットが目に入った。千雪の部屋は、いつ来ても薔薇の匂いがほのかに香る。
 そう……匂いだ。千雪が纏ったローズを打ち消していた……煙草の臭いだ。
 加納家に煙草を吸う者はいない。小泉社長だけでなく、例えば貴大だが、客のなかに喫煙者は何人かいた。だがあの時間帯、ティルームに赴(おもむ)き、花もまばらという冬のバラ園を鑑賞したがる者がいるとは思えない。
 建留は携帯電話を手に取った。旭人の番号を呼びだす。

「おれだ」
『ああ。千雪は大丈夫なのか?』
「ばあさんがおれを呼びにきたとき、小泉親子はどうしてた?」
 旭人の質問を退け、逆に疑問を投げると、しばらく沈黙が続いた。
『時間は前後してるかもしれないけど、おかしな会話は憶えてる。瑠依の、お茶はどうだったっていう質問に、うまくいくって社長は答えてた。そしたら、瑠依ははしゃいだ感じがしてたな』
 お茶……?
 建留は旭人の情報から、直感的に一つの手がかりを見いだす。脳裡でティルームにいた時間を再生する。脳内映像の隅まで意識を凝らすと、テーブルに置きっぱなしだったものが、茅乃が好む紅茶の入ったティカップではなく湯吞みだったことを思いだした。
『兄さん、小泉家が口を出したのか?』
「たぶんそうだ」
『常井さんとトップシークレット(TS)エージェンシーはうまくやったんだろうな?』
「TSエージェンシーは長(た)けた興信所だと聞いてる。常井事務所とは先代からの懇意の仲だというし、常井さんに限って粗相はない」
『興信所が興信所を嵌めるってどうかと思うけどな。うまくいくならそれでいいけど、何があったか、千雪から聞きだせるのか?』

 さすがに旭人も千雪の性格を知っている。
 時々、もしかしたら旭人は――と思うことがある。昔のことがある以上、そうだとしても千雪が応じなければ旭人が出しゃばることはない。ただし、そういう疑惑に接したとき、建留が何も感じないかというのは別問題だ。
 ドールはドールハウスに閉じこもっていればいい。そんなふうに思う瞬間がある。独占欲が狂気に変わろうとする歯止めは、千雪が素直じゃないことだろう。

「いま訊いたらよけいに黙る」
 電話の向こうで旭人がため息をつく。
『ばあさんもグルなのか?』
「係わっていないとは思えない。けど、どこまでそうなのかはわからない」
 建留は二時間まえのことを考えながら答えた。
 頭を打ったことを説明する茅乃に、天罰といったような気持ちは見当たらなかった。階段での事故のときも、あとで華世から聞いた話では退院した日にひどい言葉を浴びせたようだが、ケガすること自体を望んでいるふうではなかった。面倒だという理由だとすればそれまでだが、華世にブランケットを持ってくるよう指示したり、打ち身を冷やさなくていいかと云いだしたり、滋がなだめなければなかったくらいだ。
 茅乃がつらく当たる根本は、千雪に幸せを与えたくない、というそれ一つなのだ。自分を苦しめた女のかわりに。それは間違っている。なぜなら、建留も旭人も、千雪を憎むことはなかった。
『今度は決着つけられるんだろうな?』
「しくじるのも二度めになれば、おれは能無しだ」
『いっそのことバカになったほうが早いんじゃないか?』
「それが許される年じゃない」
『だから、兄さんはバカなんだよ』
「……ああ。二十三年まえ、バカになっていればよかったと思う。後悔してるかもしれない」
『けど、それじゃあ、もしかすると兄さんは千雪と会ってないな』
「それなら、後悔はしていない」
 すぐさま撤回すると、旭人は揶揄した笑い声を立てた。
『兄さん、また、墓参りの時期だな』
「おまえもな」
『ああ。いい報告ができることを願ってる』
 旭人が唐突に墓参りの話を持ちだしたのは建留を焚きつけるためか。
 そうでなくても、心底から突きあげてくるものを何度も呑み下さなければならない。

「建留」
 気づくと千雪が戻っていた。建留はゆっくり立ちあがって千雪に近づく。
「テレビもつけてないの?」
 千雪は不思議そうに首を傾ける。すっぴんに洗い立ての髪は、学生の頃と変わらない、あどけなさが覗く。
「正月の番組は最低だ」
 建留は肩をすくめ、千雪の髪をすくうと「寒くないか?」と訊ねた。暖房もきいてきて、もう意味のない質問だ。それでも訊ねたのは自分の気を紛らすためか。
「お風呂入ったばかりだから寒くない」
 千雪は何か云いたそうにして、云わないまま口を閉じた。
「頭は?」
 何度も訊く建留に呆れたのか、ため息をついて「大丈夫」と首を振った。
「おばあちゃん……」
 千雪は口火を切ったものの、すぐためらうように言葉を切った。
 ティルームでのことか――そう思って、さり気なさを装い、「何?」と促してみると――
「おばあちゃんの初恋の人って、双子のお姉さんの旦那さまだって。どういうことか知ってる?」
 思ってもいなかったことを千雪は問う。建留は一瞬、答えるのに窮した。
「ばあさんの姉は許婚(いいなずけ)と結婚した。華族同士で、昔はよくある話だ。ばあさんも含めて、小さい頃から顔見知りで仲がよかったらしい。上から順番にというのが普通だった頃だし、だから、ばあさんの気持ちは叶わなかったんだろう。そんなことを話したのか」
「怒ってたけど」
「けど……ばあさんが千雪にそれを云えるってことは少し進歩してるかもしれない。いや、進歩じゃないな、解消か」
「解消って?」
「関係が改善する可能性はあるかもしれない」
 軽々しく口にしたわけではないが、気休めに聞こえたのだろう。千雪は目を伏せ、むしろ千雪のほうから拒絶を示している気がした。すぐ上げた顔には、曇らせた表情の跡形はなく。
「建留は?」
 千雪は話を飛ばした。
「なんの話だ?」
 ため息混じりに問い返すと、千雪はごまかすように肩をすくめる。
「建留の初恋の話」
「なるほど。それが訊きたかったわけか」
 ちゃかしてみると、千雪は意地っ張りな様でつんと顎を上げる。
「憶えてない」
「ずるい――」
「――わけないだろう。千雪の初恋も聞いてないし、話してくれたら思いだす努力をしてもいい」
 聞きたくもないが。おそらく、本音の九十九パーセントがそう思っている。
 そんな気も知らず、千雪は不満半分、分が悪いと判断して口を噤んだ。かすかに尖らせたくちびるは建留をそそる。
「建留」
 くちびるが触れる寸前、千雪が引きとめると、「今日は」とそんな言葉がふたりの口から出そろう。そして。
「帰らないでほしいの」
「帰らない」
 望みと欲求が絡まり合った。

 千雪の頬をくるみ、ぺたりとしるしを押すようなキスは、くちびるの端から始めて、もう片方の端へとすき間なくたどっていく。折り返すと、千雪のくちびるがかすかに開いた。無言の訴えに、建留は舌の先を軽く忍ばせ、くちびるの接点を上から下へとたどってひとまわりした。
 千雪は建留の舌にそっと吸いつく。足りないという意思表示に違いなく。
 焦らして焦らして、千雪から思考力をまったく奪い、喋らせる。そういう策略がよぎったが、ミイラ取りがミイラ取りになりかねない。すでに理性をすべて放りださないよう、建留のなかでは抑制と衝動が争っている。理性を放棄するのはたやすく、千雪がそれを責めるとも思えないが、自分の欲求に任せて傷つけたくはない。
 千雪の口内に舌を滑らせ、建留はくちびるの裏側に這わせた。歯磨き粉のカシスミントの香味が建留の舌にのる。頬の裏側を撫でまわし、それからくちびる全体を覆った。奥へと舌をねじこむと、千雪の舌をすくう。絡めようとすればすり抜ける。そんな戯れの繰り返しのなか、攻めているつもりが、建留のほうが追いつめられた気になっていく。
 酔っぱらっているつもりはなく、千雪がケガをしかけて、アルコールがもたらす上気は一気に醒(さ)めている。入れ替わりに怖れによってヒートアップした気分も、千雪が加納家の応接間で休む間、ぬるめのシャワーを浴びていくらか解消した。
 にもかかわらず、ついさっきの電話で旭人に煽られ、そして、千雪はそこにいるだけで建留をいざない惑わせる。
 頬を挟む建留の手に躰をゆだねていた千雪は、こもった声で呻きながら、建留の胸もとに手を置き、ニットジャケットをつかんだ。救いを求めるようなしぐさに、建留もまた千雪の口のなかに呻き声を吐き、くちびるを放した。
 潤んだ瞳は照明を受け、カナリーイエローのダイヤモンドのように煌めく。同時に、建留に自分が泣かせたことを思いださせる。
「今日は……気をつけなくても大丈夫」
「わかった」
 唸(うな)るように答え、建留は千雪を抱えあげた。
 千雪をベッドにおろすと、リビングの照明を消しにいって戻った。
 服を脱ぐ間、千雪の目はじっと建留に注がれている。建留がそうであるように、目が離せない、そんな気持ちなら歓迎するが、いまは少し違って見えた。

「建留」
「何?」
「建留にとって業平不動産はどんな価値があるの? 株を持っていれば、働かなくても使いきれないお金が毎年入ってくる」
 何がそんな質問をさせるのか。建留は顔をしかめながらベッドに上がった。寝そべった千雪の脚を広げて間におさまると、伸しかかるようにその両脇に手をついた。
「そういうことをあらためて訊かれたら、やってることが虚しくなるな」
「……どうせ人は死んじゃうから?」
「ああ。すべての価値が見いだせなくなる」
 千雪は何かに驚いたように真下で首をかしげる。
「建留は、哲学とかいらないっていう現実主義者かと思ってた」
「リアリストなら、おれはいま、千雪とここでこうしていない」
 千雪を手放すなら、事はずっと単純に定まり、おさまっていく。
 その真意を千雪も悟ったのか、見下ろした顔が陰った。千雪は表にあまり感情を出さないが、その些細な変化を見逃さなくなったのは、あるいは、千雪が建留のまえでかまえていないのは、それだけ互いが近距離にいることの証明か。建留はそんなことを期待する。
 上体を起こすと、千雪の手を取って起きあがらせた。手放すなどなんの選択肢にも上がらない。そう云うかわりに、建留は繋いだ手をそのままにした。
「おれが業平不動産にこだわるのは、義務でも権利でもなく、責任、だ」
「責任?」
「例えば、これからさき子供ができるとしたら。おれが終わらせるわけにはいかないだろう。子孫繁栄は、哲学とは関係のない動物の本能だ」
「建留は狼に勝てる?」
「狼?」
 出し抜けの質問はどういうことか、千雪は目を伏せた。そのしぐさを見れば聞くまでもなかった。
「だれのことなんだ?」
 聞きだせるなら、そう思って促したが。
「動物っていうから。建留はレオパードみたいだし、狼とどっちが強いかなって思っただけ」
 千雪はまともに答えなかった。気づかないふりをして建留は笑みを浮かべる。
「レオパード? 豹は単独で狩りをするけど、狼は集団で狩りをする。一対一なら、体格的にも性格的にも豹のほうが有利かもしれない」
「よかった」
 千雪は言葉どおり安心したのか、また建留を見上げてくる。
「裸でする話なのか?」
「裸なのは建留だけ」
「そうみたいだ。けど、恥ずかしがってるのは千雪だな」
 さっき、目を伏せたとたん顔まで背けた千雪をからかう。すると、性懲(しょうこ)りもなく目を伏せて、飛びこんできたモノを見るなり、千雪はぎゅっと目を閉じた。
「笑わないで」
 小さく吹いたのを鋭く察したようで、千雪は逸早(いちはや)く咎めた。
「動物の本能ならもう一つ、生(せい)に関して根本的な衝動がある。反応してないほうがよかった?」
「そういう問題じゃない」
 やはり建留は笑ってしまう。責めるようにきつく握りしめる手をほどくと、千雪のパジャマのボタンを外しにかかった。その手を千雪の手が覆う。建留を止めるのではなく、千雪はただ手を重ねている。
 パジャマを肩から落とし、千雪をベッドに寝かせると下のズボンをショーツごと取り除いた。

 まえのめりになって千雪の左のこめかみに口づけた。萎縮することはなく、それなら千雪が云うとおり、後遺症は心配しないですむのだろう。顔を上げると、催促するように千雪のくちびるが開く。応じてくちびるをふさぎ、建留はドールに魂を注ぐ。
 右手で心音を確かめ、すっとふくらみにのぼると、桜色の粒が建留の手のひらをつつく。千雪はこもった悲鳴を口内に吐き、建留はそれを呑みこんだ。さらに手をおろして、開いた脚の間に忍ばせた。花片に触れると千雪の腰がぴくりとふるえる。指先を躰の中心に進めればそこは、体内におさまりきれなくなっている蜜を吐いて潤んでいた。
 くちびるを離すと、千雪は喘ぐように息を継ぐ。
「魂、入ったみたいだ。千雪も反応してる。お相子だ」
「云わないでいい」
「恥ずかしいのはいつまでたっても消えないんだな。けど、すぐどうでもいいようになる。だろう?」
「建留が手加減してくれないから」
「しかたない。千雪をまえにすると、いつも十代の頃の気分にさせられる」
 千雪は戸惑ったように首をわずかに傾けた。
 建留は躰を起こして千雪を眺めた。色素が薄いのは躰も同じで、その氷肌(ひょうき)は建留に畏怖(いふ)混じりの悦楽をもたらす。
「建留」
「ああ」
 短い返事にもかかわらず、自分でも余裕のない声だと思う。
 ふくらみをくるんで親指で胸先を摩撫(まぶ)すると、千雪は躰をうねらせた。そこは桜色から濃いピンクに色を変えていき、硬く尖った。煽られて建留は身をかがめ、口に含んだ。
 んっふっ。
 千雪が背を反らして胸を押しつけてくる。もう片方は左手で戯れ、右手は躰の中心に添わせた。花片を弄ると腰をせりあげてくる。そう待つこともなく、急速に千雪は昂っていく。白い肌が淡く赤を纏っていった。
「あっ……建、留!」
「まずは千雪からだ。イケばいい」
 建留は躰をずらし、千雪の膝を裏から支えて持ちあげる。躰の中心に潜む花片もまた赤く充血してふくらんでいた。蜜で濡れそぼつ様が建留を誘惑する。舌で蜜をすくい、花片を咥え、啜(すす)る。
 やっ、あ、あ――……んんっぁあああ――っ。
 千雪のお尻がびくりと跳ねたかと思うと、建留の口のなかにとくんと蜜がこぼれてきた。
 顔を上げた建留は、ぐったりしている千雪の腰をつかみ、待ったなしで慾を充てがう。ゆっくりと千雪のなかに沈めていった。
 熱くぬめった襞(ひだ)が建留の慾に纏わりつく。千雪のなかは、数えきれないほど侵しているというのに、そして、どんなに蜜を溢れさせても窮屈だ。堪えきれない少年のように、建留はすぐにも爆ぜそうな感覚と闘わなければならない。
 建留が律動を始めると、一度イった躰は過剰反応して、千雪は腰もとをわななかせて悲鳴をあげた。奥へと突いても、抜けだす寸前まで引いても、そのたびに千雪はふるえて建留を扇動する。
「千雪」
 唸るようにつぶやいた。
「また、きそう、なの。……た、つる……あっ……も!」
「今度は一緒だ」
「う、んっ」
 建留は自分の腰を押しつけ、千雪の腰を引き寄せ、最奥で互いに触れ合う。
 千雪が息を呑んだ瞬間、ひどく躰をふるわせたかと思うと、体内でも痙攣のような収縮が繰り返される。直後、建留は呑みこまれた感覚に陥り――千雪の嬌声を耳にしながら、熱く迸った。
 しばらく、ふたりの荒い呼吸が部屋を占めた。

「建留……」
 満ち足りた吐息混じりで千雪はつぶやいた。
 だが。今日はまだ終わりじゃない。再び腰をうごめかせ、建留は自分の意思を伝えた。
「あ、ふっ……待っ、て!」
「千雪が気絶するまで抱きたい。今日は置いて帰るわけじゃない。だから、かまわないだろう?」
 千雪が身ぶるいしたのは怖さのせいか、ただ至福を見いだしてくれたのか。
 やがて、何度となく追いつめられた千雪は悲鳴さえなく果てに到達して弛緩(しかん)した。あとを追って、二回め、建留も堪えていた熱を放った。
 千雪が未来を口にしたいま、歯止めも危うくなっている。また泣かせてしまうことの怖さ。歯止めをなくしたすえ、建留は本当に千雪の息の根を絶ってしまうかもしれない。
 建留は千雪の肩に顔を伏せる。
 手放せないから、のたうちまわり、狂おしく、ただ、手放したくなくて、あらゆるアイに囚われる。
 汗ばんだ肌にくちびるをつけ、含み――
 崇拝と、おれのものだという“愛びと”の証(あか)しを刻んだ。

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