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DOOR|オフリミット〜恋の僭主〜
Chapter2 This is my life.
1.恋の身の丈 #1
五月の終わりも間近、今日は天気が良すぎて暑い。そのうえ、次から次に運動会の熱気が持ちこまれて教室内はクーラーが入っていても冷えきらない。とはいえ、暑さのピークはまだこれからだ。
実那都と真弓は机を突き合わせて向かい合わせに座り、ランチバッグを出したところへ、あちぃー、と云いながら、航が良哉を伴って実那都たちの教室にやってきた。
巨大な弁当箱が左右のそれぞれ斜め前にどんと置かれる。当然のように近くの椅子を拝借して、航は実那都の左側に、良哉は右側の椅子に座った。
待ちきれなかったように、いただきます、と各々が口にしながら食べ始めた。
「藍岬くん、いつもだけどがんばってるよね」
真弓の言葉に航はふんと鼻を鳴らす。
「久築は体育祭じゃなくて運動会っていうくらいだ。授業っていうよりイベントだろ。だから、おれはがんばってんじゃねぇ。楽しまなきゃ損だ」
航らしい云い分だ。思わず、くすっと漏らした笑みに耳ざとく気づき、航は実那都に目を転じて顔を近づけてくる。
「実那都、おまえら、ちんたら綱引きしてて楽しいのか?」
「ちゃんと楽しいよ。航ほどじゃないけど」
「こういうのになると小学生に戻るからな、航は」
良哉が茶々を入れると、航は顔を上げて挑むように顎をしゃくった。
「ふん、一番にならないと気がすまないって奴が何云ってんだよ」
「だよね。日高くん、がんばってるって見えないのに気づいたら一番だもん」
「真弓ちゃん、それ褒め言葉には聞こえないけど」
「それは誤解。褒め言葉でしか云ってないよ。成績も一番、走るのも一番で貶(けな)す人いないと思うけど」
良哉が苦笑するなか、航がまた鼻先で笑って真弓に向かう。
「真弓ちゃん、ちょっとそこは違うんだよな」
「そこって?」
「良哉はさ、確かに走るの速いけど、ただ走るっていうんじゃ、良哉より速い奴はもっといる」
「あ、だから良哉くんは障害物競走?」
実那都が口を挟むと、航は――
「そういうこと」
と人差し指を立てた。
良哉は心外だといわんばかりに首をひねる。
「べつにおれはどの競技でもよかった。残りものの競技がそれだったってだけだ」
良哉の言葉に、うんうんと真弓は納得しているのか、口にしていたプチトマトを食べきってから口を開いた。
「どっちにしてもすごいよ。一年のときもそうだったけど、今年も運動会で一気に有名人て感じ。うちのブロック、一年生の女子がすごい騒いでたよ」
「あ、それ、わたしのブロックもそう」
そう云った実那都に目を向けた真弓は、なぜか顔をしかめている。
「実那都、他人事すぎ」
「え?」
「目立ったってことじゃあ、日高くんより藍岬くんのほうがそうなんだから。騎馬戦であんだけ倒すってそうないよ。大将落としのとき、最後、藍岬くん独りで守ってたし、大将より目立ってたかも。しかも、ねぇ……」
真弓は、『しかも』なんなのか、中途半端に言葉を切って航を覗きこんだ。
「なんだよ。おんなじブロックのくせに、勝って不満かよ」
「そうじゃなくって。色気って意味で、女子をノックアウトしてるよねって話」
「は?」
航は間の抜けたような顔で疑問ともいえない一語を発した。
「真弓、どういうこと?」
「もう、実那都ってばのん気っていうか鈍感なの? 騎馬戦て上半身は裸じゃない。藍岬くんて、そこんとこ大人なんだよね」
実那都は、真弓がそう云ってもすぐにはぴんと来なかった。
「ふん、おれが躰を鍛えてんのは見せびらかすためじゃねぇ。ドラムは筋力と体力勝負なんだよ」
航がばかばかしいといった様で真弓に返した。
そこで『色気』と『裸』と『大人』という三つの言葉が繋がって、実那都はようやく気づく。
「へぇ、ドラムってそうなんだ。日高くん、ピアノってどうなの?」
「ピアノ弾くために全身の筋トレってはやらないな。手とか指トレはするけど」
「ただ音出すってだけならわざわざやることでもねぇ」
「でも、藍岬くんと日高くんは、ただ音出すだけじゃないんだ」
「ったりめぇだ」
「ジムとか通ってるの?」
「たまにな。ほとんどは自分でやる」
「すごーい。日高くんは指トレってどうやるの?」
真弓の発言が気にかかり、三人で進んでいく会話を実那都はうわの空で聞いていた。
制服でも私服でも、航は細身に見える。けれど、中学三年で同じクラスになって水泳の時間に見た姿に、頼りないような細さは感じなかった。けんかをするほどだ、ほかの男子よりはがっちりして見えた。
高校二年生のいま、真弓の云うとおり、三年生と比べても強く見える。実際、騎馬戦の闘いぶりを見れば、きっと馬になった男子たちのほうが航を支えるのにたいへんだったんじゃないかと思う。
高校生になって自転車通学になった航と、帰り道、二人乗りすることがたまにある。高校の合格発表のときにそうしたように、ふざけて抱きつくことがあって、そのときちょっとずつ感覚が違ってきていることには気づいていた。ただでさえ背が高かったのに、高校に入ってまた三センチ背が伸びて一八〇センチを超えたというからそのせいかと思っていた。
なんとなく、航に抱きつく自分が急に無邪気する気がしてきた。
「実那都、どうしたんだよ」
ふいに航が実那都に注意を向け、実那都はハッとして航を見やる。その慌てぶりに航が怪訝そうにする。
「な、なんでもない。昼からのほうがもっと暑くなりそうって思ってただけ」
勘ぐられないようにごまかしたけれど――自分でもなぜごまかさなければならないのかよくわからなかったけれど、躰はクーラーのなかにいてもカッと火照ってしまう。
そうして努力は報われず、航はますます顔をしかめた。