NEXTBACKDOOR|オフリミット〜恋の僭主〜

Chapter1 innocent&inhumane

4.ヘルプレスネス〜however,go〜   #1

「あーあ、明日から冬休みっていっても全然楽しくない」
 真弓はストロベリーシェイクをストローでつつきまわしながら、詰まらなそうにしている。
 お昼時、ファストフード店のなかは久築中学の生徒が大半を占めている。どっと男子たちが笑うと、ほかの客の迷惑になりそうだけれど、いまのところ店員からのお咎めはない。
 実那都が着く四人掛けのテーブルは、奥に実那都と真弓が向かい合わせで座り、実那都の横に航、真弓の横には良哉、そして別に椅子を持ってきて航と良哉の間を祐真が陣取っている。
 真弓の正面に座った実那都は、食べていたポテトを噛みくだしてしまってから口を開いた。
「あと三カ月の我慢だよ。それに、真弓は久築なら楽勝じゃない? あたしはちょっとでも気を抜いたら危ないけど」
「危なくねぇ。おまえは合格できる。自信持て」
 航はすかさず口を挟んでくる。

 隣を振り向くと、航が身を縮めるようにして顔を近づけてきた。付き合ってきて半年以上、そんな航の癖にはさすがに慣れて、実那都は触れる手前、十センチの距離でも顔を引くことなく、間近で航を見つめた。
「自信がないんじゃないよ。不安があるだけ」
「なんだよ、その屁理屈みたいな云い訳は」
 航はしかめっ面だ。
 そこへ祐真が身を実那都の助太刀になるべく、テーブルに身を乗りだした。
「完璧じゃないって実那都ちゃんは自分をわかってるってことだ。おまえみたいな、なんでもかんでもためらいのないヤツにはちょうどいい」
 祐真の言葉は意外で、今度は実那都がわずかに前にのめって口を開いた。
「祐真くんもやりたいことやってそうに見えるけど、そうじゃないの?」
「へぇ、実那都にはおれ、そういうふうに見えてんのか」
 祐真は興じた様子で、ともすれば軽んじているように嗤った。それがだれに対してかといえば、発言した実那都にではなく自身に向けている感じだ。

「祐真はムチャクチャなだけだろ。思いつきで動いて目的が果たせなくてもいいって思ってる。航の場合は、やるならとことん追うからな」
 ケンカすることも含めて本当に仲が良いからこそ云えることだろう、良哉は友だちの分析を披露する。
 そんな良哉はどういうタイプなのかと考えてみれば、やってみながら結末への方程式を組み立てている感じだろうか。
 インスピレーションの祐真にロジカルな良哉、それに航のパワーが加われば怖いもの知らず。だからきっと居心地がいい。自分にもやれる、と実那都にも勘違いさせるくらい航たちは無鉄砲で、そして好きだ。

「なるほど」と、真弓もまた納得したように何度か首を縦に揺らしてうなずき、そして航に目を転じた。
「藍岬くん、実那都が云ったのは屁理屈じゃない。たぶん、自信のない人のほうがきっと不安もないよ。最初からそのことをあきらめてるんだし。別のことに不安はあるかもしれないけど」
「別のことって、例えばなんだよ?」
「んーっと……がんばることもしなくて、楽勝で合格しそうな高校に入って、でもそこからさきは?」
 その言葉――そこからさきは? ――という不安は実那都が抱いていることで、自分のことを云い当てられたみたいに感じてしまう。
「真弓、久築はでもチャレンジってほどの高校じゃないって思うけど」
 買い被られたくはないし、かといって、目先のことを確実なところでやりすごそうとする自分のずるさを認めるのも簡単ではなくて、実那都は自分で自分をごまかした。

「そうだけど、底辺の私立みたく受験生ほぼみんな合格ってはならないでしょ」
「それはそうだけど……」
「どっちにしろ実那都には自信以上に勇気あるし、緊張してても実力発揮できるよ」
 曖昧につぶやいた実那都に、真弓こそが自信たっぷりに太鼓判を捺(お)した。
「人のことだから云えるだけだよ。わたしもさっき、真弓に楽勝だって云ったけど」
「ううん、実那都は本物。文化発表会のとき堂々としてたよ。緊張してるのは最初だけで、歌い始めたらすごかったもの」
 真弓が最後のひと言を云うなり、航は指を鳴らして、そのまま真弓に指先を向ける。
「真弓ちゃん、ナイス! さすが実那都の友だちだ」
「え?」
「“すごかった”ってそれ云わせたかったのさ、おれらは」
「学芸会なんかじゃない、ステージだってことをさ」
 祐真が航のあとを次いだ。

「学芸会って云うにはホント、すんごくもったいないよ。いまのうちにサインもらっとこうかって云ってた子もいるし」
 グレープジュースを飲んでいた実那都はとたんにむせる。祐真と良哉が吹きだす一方で、航は実那都の背中に手を当てて擦った。
 十一月初めの文化発表会でのバンド演奏は、確かに反響が大きかった。校内では単独行動をためらうほど、しばらくは注目を浴びていた。もしかしたら、歌にではなく、航たちと一緒にいるせいかもしれないけれど。
「わたしはついでみたいにして出ただけ。それに、バンド組んだのは一度きりで中学の思い出っぽい。航とは方向性が違うみたいなこと云ってたよね、祐真くん?」
「実那都がその気なら考え直してもいいけど?」
「無理!」
 即行で断ると、云ったことは冗談だったのか祐真は残念がるふうでもなくからかうように笑い、航を見やった。
「だってさ、航」
「ふん、それとこれとは別って話だ。おれも実那都と組むのはごめんだぜ」

 航の発言を聞いて実那都は思わず振り仰いだ。航が釣られたように実那都を見下ろす。またしかめ面が近づいてきた。
「誤解すんなよ。おまえと組んだら、云いたいことも云えねぇでつまんねぇバンドにしかならねぇ」
「要するに、実那都ちゃんにうるさいこと云って嫌われたくないってさ」
 良哉が解説をすると、実那都は目を丸くして航を見た。真弓が忍び笑うなか、航は首をかしげ、問うような面持ちになった。
「おまえがやりてぇって云うんなら止めねぇけど」
「だから無理って云ってる」
「だそうだ、祐真」
「残念。嫌われたくないっていえばさあ、航」
 やっぱり残念とは思えない口調で云い、祐真はもったいぶった様で航を見やった。にやにやした顔は良くないことを云う、または行う兆候にしか見えない。
「なんだよ」
 航もそれをわかっていて、けれどどんな災難が及ぶのかわからず、慎重に祐真を促した。

 すると、祐真は航から実那都へと目を転じて口を開いた。
「実那都、こいつ下手くそだって云われてたけどさ、一回くらい気持ちよくしてもらった?」
 なんのことかと思考を巡らせたのは一瞬、実那都が赤面するよりも早く航がきっと祐真を睨みつけた。
「祐真――!」
「おまえ、自分優先すんなよ。せいぜい実那都ちゃんに嫌われないようにな」
 実那都がどう対処していいか慌てふためいている間に、祐真はデリカシーの欠片もなく航をさえぎって挑発した。真弓もなんの話だかわかっているようで呆気に取られている。
 祐真が持ちだした『下手くそ』という言葉は、四カ月前にメグが投げやりに放ったものだ。

「祐真、そのムチャぶり、嫌いじゃねぇけど、おれを怒らせんなよ。実那都とは健全な付き合いだ。少なくともいまはな」
 航がきっぱり云うと、実那都はほっとするようであり、反対に落ち着かなくもある。人に触れまわることでないのは確かだ。
「へぇ。そこまでおまえが純情ボーイだとは思わなかったな」
 祐真は悪びれることもなく航を揶揄した。
「うるせぇ」
「祐真、おまえも本当に好きな女ができたら、航のいまの気持ちがわかるんじゃないのか」
 良哉は祐真を諌めて仲を取り持ちながら――
「ってことだよな、航」
 と、航をからかうことも忘れていない。

 けれど、そういうからかいなら航は怒らないどころか最強だ。そう思ったとおり。
「ばーか。おれの気持ちにはどんなヤツだって勝てねぇぞ。まかり間違って祐真に好きな女ができようとな」
 航は友だちの前で、堂々と愛を吐いた。

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