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DOOR|オフリミット〜恋の僭主〜
Chapter1 innocent&inhumane
3.BE MAD #7
祐真たちに向かって叫んだ刹那、航はそれまで拘束されたふりをしていたんじゃないかと思うほど、簡単に男たちの手を振り払って拘束から逃れた。
「任しとけっ」
「やってやる」
祐真に続いて良哉が受け合い、それまで状況を窺うようにしていた男たちが驚き慌てた声をあげた。
「なんでっ!?」
メグが悲鳴のような声で疑問を投げる。正確に云えば、疑問ではなく、男たちのようにただ驚いたのだろう。
実那都を捕らえた手もびくっと反応して、直後、実那都のところに向かってきた航が間髪を容れず、走ってきた勢いのまま思いっきり後ろに引いた腕を突きだした。反射的に男は実那都の手を放して、航の拳を避けようと後ずさる。航は飛びかかるようにしていたから避けるには間に合わず、男の頬に拳が入った。
男は呻きながらよろけたものの、どうにか転ぶには至らなかった。
「実那都」
と、航は、いままで男がつかんでいた実那都の手首を手に取った。それだけで、実那都は不快さが消えていくような気がした。じっと見下ろす目に視点を置いたまま、実那都はうなずいた。
「もっと奥に避けとけっ」
航は桜の木の幹を指差した。
「この野郎っ」
実那都から返事をする間もなく、体勢を立て直した男が怒鳴った。
実那都がかすかも身動きができないうちに航がすかさず男と対峙して、自分に向かってきた拳を両手で受けとめ、そのままつかんだかと思うと、その拳の勢いを利用しながら円盤投げのように振りまわした。バランスを崩した男がよろけて尻もちをつく。
航は計算したうえで桜の木の下から男を追い払ったのかもしれない。
「航、三人のなかであんたのセックスがいちばん下手くそだった」
メグは男たちの加勢するためか吐き捨てるように云い、航は、うるせぇ、と一蹴すると――
「実那都、引っこんでろっ」
と、再び木の根っこを指差した。
実那都は慌てて航に従い、桜の幹に片方の手をついて寄り添うようにしながら航を見守った。
男は呻きながらも腰を持ちあげて起ちあがろうとしている。
呻いているのはこの男だけではない。少し離れたところでは祐真と良哉がそれぞれに男を相手に闘っている。
「航、ナイフ持ってるかも!」
「心配すんな、ちょろい」
航はけっして強がりではないように軽々と受け合った。脚もまた軽々と上がり、立ちあがった男の腹部に蹴りを入れる。
けんかの逸話(いつわ)は誇張でもなく本当だった。男たちは二十歳前後だろうか、航たちよりは年上に見えてけんかに不慣れな感じもなく、やられてもやられても向かってくるけれど、それ以上に航たちのほうが優勢なのは歴然だった。
メグが呆然としているように、実那都は半ば唖然としてその闘いぶりを見ていた。
「くっそう……」
男が悔しそうにつぶやくのが聞こえ、実那都はパッとそっちを見やった。祐真を相手にしている男が、ズボンのポケットに手を入れた。そのしぐさに実那都はハッとする。
「祐真くん、ナイフかも! 気をつけて!」
「大丈夫だって」
飄々(ひょうひょう)とした返事が祐真から返ってきた。つぶさに見ていると、男がポケットから出したのはナイフではなくスマホだ。
「救援要請か?」
祐真が煽るように云い、男の手首辺りを手で払うように打つとスマホが飛んでいく。
ナイフでなかったことにほっとしながら、実那都は航に目を転じた。すると、航の相手の男の手に光るものを認めた。
息を呑んで見守っていると、男が折り畳みのナイフを開く。やはり、実那都を拉致(らち)してきた男が持っていたのだ。航の言葉を信用しているか否かの問題ではない。とても大丈夫とは見えなかった。
こういうときはどうするべきか。警察を呼ぶべきだ、とすぐに思いついたものの、交番がどこにあるかわからないし、110番をするにしても警察が来るまでには間に合わないかもしれない。
「上等だ。かかってこいよ」
航の声には少しも怖れが見えない。それどころか祐真のように煽っている。
この野郎っ、と喚いた男が手を振りかざすのと実那都が悲鳴をあげたのは同時だった。
手が振りおろされる刹那、航は最小限、躰を動かすだけにとどめて難なく避ける。男は再び手を振りあげる。そう直感したときは地を蹴っていた。
「実那都っ」
目の端に実那都を捉えた航が制止しようと名を呼んだものの、急に止まれるはずもない。実那都は手に持っていたコンビニの袋を、男の上げかけた手を目がけて振りおろした。手ごたえはあった。そう感じたとおり、男が叫んでその手からナイフを取り落とした。
すかさず、航が腰の脇で固めた拳を男のみぞおちに突きいれた。男は躰を折るようにしながらその場にうずくまった。
「引きあげるぞっ」
航の怒鳴り声がすぐ耳もとで聞こえ、そうして実那都はコンビニの袋を取りあげられ、再び腕を強引に引っ張られた。けれど、今度は航の手だとわかっているし、ただうっ血しそうなほどきついだけで不快さはない。
走って公園を出る直前に祐真と良哉が追いつき、そうして――
「君たち、何をやってる!?」
とだれだかその声を背中に聞いたときは公園を出て、一つめの角を曲がるときだった。