NEXTBACKDOOR|淫堕するフィクサー

第4章 rebel lane〜逆走〜

4.

 関口組の事務所まで来た迎えの車に乗って、颯天はまっすぐマンションへと帰った。
 オークションの日から三日め、Eタンクの本部に颯天が出向くことはない。
 アンダーサービスエリアは唯一、正体を隠しつついわゆる水商売をして一般層に紛れこむ。あの料亭についても表向きは――といっても一般社会に住む選民にとっての表向きということに限られるが――闇の娼館となっているだけで、Eタンクとの繋がりは伏せられている。
 つまり、関口組はEタンク本体を知らず、万が一、颯天が身辺を探られたすえ、その存在へと結びつけられる危険は避けなければならない。春馬と顔見知りである以上、無駄なことかもしれないが、春馬がEタンクで伸しあがろうとしていることを考えると、彼が関口にばらすとは思えない。
 祐仁はそう踏んで計画を進めたのだ。
 颯天の生活は、このマンションか関口に呼ばれた場所を訪れるという、これまでの五年間と大して変わらないパターンに戻る。凛堂会にいた頃と違うのは、マンションにいる時間の潰し方だ。
 凛堂会ではただ待機しているだけで、脳が退化するんじゃないかと怯えるほど暇で暇でしかたなかった。けれど、いまはパソコンを与えられ、外部との接触は可能であり、Eタンクのデータベースへのアクセスも、与えられたパスワードによる許可範囲内では自由だ。祐仁からは『おれの仕事を把握しろ』と云われている。
 それが祐仁から颯天への信頼の証しなら、いま颯天が任された仕事も、どんなに屈辱であろうときっと耐えられるはずだ。
 祐仁のタイムテーブルを覗くと、ほぼEタンクに在籍していたが、午後から二時間程度の外出の痕跡がある。そういうとき、大抵は行き先も記されているが今日は空白になっている。つまり、この外出は颯天が知ってはならない領域なのだ。
 颯天はため息をついて、ダイニングテーブルの椅子に座ったまま窓の外を見やった。すっかり暗くなって見慣れた光の川が広がっている。時計を見ると七時になろうかとしていて、まもなく夕食が運ばれてくる頃だった。
 パソコンを閉じてテーブルの隅に押しやったとき、玄関のドアが開く音がした。時間に正確だ、と少し皮肉っぽく思った。個室を与えられているもののプライバシーはない。
 いつものように料理ののったトレイを携えて入ってきた男を認め、するとその男とは別の足音が聞こえた。目を向けると、二人めに入ってきたのは祐仁だった。
「……お疲れさまです」
 思いがけず、颯天がそう反応するまでに時間を要した。
 祐仁はうなずいて応じる。
「座れ」
 颯天に命じながら祐仁は座ることなく窓際に行き、外を眺めながら食事がセッティングされるのを待った。
 食事は驚いたことに二人分あった。
「どうだった」
 玄関のドアが閉められたとたん、祐仁が窓際に立ったまま口を開いた。
 祐仁が来たことは驚くことではなかった。関口組との接触初日で、当然その報告を聞きたがるだろう。颯天は単純に浮足立った自分を内心で叱咤した。
「顔合わせという感じでした」
 実際、あのあとは服を着て帰らされた。近々呼びだすからな、と覚悟を迫るような嫌らしい顔つきで、関口は颯天にプレッシャーを与えることを忘れなかったが。
「疑われてはいないか」
「工藤さんからだとしか考えられませんが、すでにおれの意思は伝わっていました。疑うよりは信じているように思います」
 祐仁は同意するようにうなずく。
「できるな?」
「はい、大丈夫です。あの……」
「なんだ」
 祐仁は首をひねるとダイニングテーブルまでやってきて、颯天の正面の椅子を引きだす。
「永礼組長がおれを手放したのは失態をしたからだって、関口組長は云ってました。どういうことですか」
 結局は、快楽にあっさりと負けてしまう浅ましい自分に打ちのめされて、颯天は関口から聞きだしそびれたまま帰ってきた。
 祐仁は颯天をじっと見て、しばらくなんの反応も示さなかった。話せないという拒絶ではなく、どこまで話そうかと迷っているようだった。祐仁はかすかに首を横に振って口を開く。
「そもそも、おれは六年前に永礼組長に借りをつくった。なんのことかわかるか」
 なぜそんなことが颯天にわかるのだろう。まだEタンクも凛堂会との関係もまったく知らなかった頃だ――と首を横に振ろうとした矢先、颯天は思い当たった。二つの組織の関係もEタンクの存在も知らなくとも、凛堂会の存在は知っていた。
「もしかして……弟のことですか」
「おれは見返りに、最高級の男娼を提供する約束をした」
 颯天の質問を――あるいは確認を求めた言葉を否定することはなく、祐仁は当時の実情を教えた。
「それがおれですか」
「弟のかわりになってもいいと思うだろう? おまえなら。けど、おまえを調教しているうちに惜しくなった。結果的に、あのとき失態をしたのはおれだ」
 後悔しているんですか。訊きそうになって颯天は自分で押しとどまった。質問の解釈は二通りできる。自分のために、そして、ふたりのために。どちらか、曖昧な答えをもらうくらいなら訊かないほうがいい。はっきり訊けるほど、颯天は図太くもない。
「祐仁の失態じゃなくて、おれの配慮が行き渡らずに足を引っ張っただけじゃないですか」
 祐仁は呆れたのか、眉を跳ねあげて薄笑いを浮かべる。
「すぎたことだ。おまえがおれをかばったところで、だれの評価も得られない」
「評価を得ようなんて思ってません」
「おまえを最高級の男娼に育てあげようとしていたのは、凛堂会に借りを返すこと、そして将来、凛堂会を牛耳ることを見据えて取り入るために一石二鳥だった。そう云ってもおれをかばえるのか」
「祐仁がどう思っていようと関係ありません。おれの意志ですから」
「……損得なしか」
 祐仁は独り言のようにつぶやくと、首をひねってそっぽを向いた。何かを振り払うしぐさにも見えたが、やがてため息をついてから颯天へと目を戻し、祐仁は口を開いた。
「今回の永礼組長の失態は越境してきたからだ。こっちの顧客に無断で手を出して荒稼ぎをした。かわりに高級男娼を一体提供して落とし前をつける。それが永礼組長の云い分だ」
 颯天は『云い分』という言葉に違和感を覚えた。
「もしかして、裏に何かあると思ってるんですか」
「永礼組長はわざと越境したんじゃないかと思ってる。颯天、おまえは何を頼まれた?」
 突然すぎて、颯天はとっさに応じられなかった。否定もできていない。即ち、頼まれ事があると認めているのも同じことだった。
 祐仁がフィクサーたる所以は、ちょっとした違和感を放置することなく、むしろすかさず拾って洞察する。不意打ちで相手が応えずともなんらかの情報を得てしまう。
 黙った颯天をつぶさに見、そして祐仁はくちびるを歪めた。
「まあいい」
 追及することはなく、それは余裕にも思えた。祐仁は最初から颯天の答えを期待していたわけではなく、そもそも質問でもなく確信を持って自分が知っていることを颯天に教えたのだ。
 そうやって、颯天がやるかもしれない、おかしな行動の抑止力にする。少なくとも祐仁を陥れるためのおかしな行動などするつもりもないが、祐仁が保険を怠ることはない。不信感を抱かれている落胆よりも、颯天は逆に安心した。
「祐仁、一つ訊いていいですか」
「なんだ」
「緋咲ヘッドは祐仁を信頼しきっていないんですか。フィクサーになっても、立場が危ういようなことがあるんですか。例えば五年半前みたいにだれかに嵌められて蹴落とされる可能性は……」
 颯天が云うさなか、祐仁はさえぎるように首を振った。
「この五年を無駄にすごしてきたつもりはない。それに、おれがフィクサーで満足していると思うか。一見すれば、政財界を動かすエリアが華やかで力を持つ。実質は、その裏をつかむ者に動かされているにすぎない。裏を一手に担うのがアンダーサービスエリアだ。娼館に来た連中が何者か、教えただろう。おれがなんのためにアンダーサービスにとどまっていると思う?」
 暗がりのなか仮面(マスク)をつけていて確認はできなかったが、この人がと思うような政治家だったり国内トップ企業のトップだったりがリストにそろっていた。そこはともかくとして、祐仁は過信ではないかと思うほど、自信に満ちて云い放った。
「祐仁の力を疑っているわけじゃない。力になりたいと持っているだけです。おれは祐仁を裏切るつもりはありません」
「いいだろう。今日は何があったか、おれに教えろ」
 せっかくの宣言も軽くあしらわれ、祐仁は颯天に報告を促した。
 関口組に潜入した本来の目的についてはすでに状況を伝えた。ということは、男娼として務めたことを訊きたいのか。
「関口組長にされたことなら、咥えさせられました。逝かされました」
 颯天は投げやりに答えた。
 なぜそんなことを知りたがるのかわからない。浅ましい自分の姿など、とっくに知られていても知ってほしくない。
 祐仁は違うと否定するように首を横に振った。おもむろに椅子を引いて立ちあがり、スーツのジャケットを脱ぎだす。
「おれに教えろ、と云ってる」
 同じ言葉を強調して繰り返し、祐仁は、「座るのか? 立つのか?」と問う。
 それで颯天は実践するよう云われていることを察した。目を見開き、祐仁を見上げる。
「……座って、ください」
 予想外の展開に、颯天は痞えながら云った。
 祐仁はベルトを解き、スーツパンツのボタンを外してジッパーをおろす。椅子に座り、鷹揚(おうよう)に脚を広げていく様は獰猛な獣が牙をひそめて無防備にいざなうように見える。その実、こっちが油断するのを待ち構えている。わかっていても見入ってしまっていた颯天は、祐仁が首を傾けたのを見てハッと我に返った。
 颯天は立ちあがって、昼間の再現を忠実になすべくTシャツを脱ぐ。そこまでは普通にできたが、ジョガーパンツに手をかけた瞬間ためらった。
 人前で裸になることにもうためらいはないはずが、祐仁の前でだけ、なぜか羞恥心が湧いて手が思うように動かなくなる。祐仁がいるとわかっていたオークションの舞台では、羞恥心がよけいに快楽を煽っていた。
 すべて知られていて隠すものは何もない。そう自分に云い聞かせてジョガーパンツとボクサーパンツを同時に脱ぎ捨てた。颯天のソレは早くも反応しかけている。そのことも羞恥の要因かもしれない。
 祐仁に触れられる、とそれだけで颯天は欲情に逸(はや)っている。会えなかった間もずっとそれを切望していたからこその反応だった。
 颯天は祐仁の前に行ってひざまずいた。はだけられたスーツパンツの下に手を忍ばせ、ボクサーパンツを前だけ引きおろす。祐仁のソレはじかに目にするまえからそうではないかと思っていたとおり、颯天と同じように反応しつつあった。根元をつかんだとたん、颯天のなかでそれは著しくオス化した。
 いつも襲われる側だった颯天にとって、祐仁の慾を間近で見たのもはじめてであれば触れたのもはじめてだ。自信を持つ男はこうあるべきとばかりに、永礼や清道と同様、祐仁のモノも、悪魔的にいびつで太い。赤黒く、それが毒とわかっていてもその誘惑には勝てない。
 颯天は顔を近づけていきながら口を開いた。
 そうしながら祐仁が呻いたと思うのは気のせいか。けれど、先端にくちびるを被せたとたん、祐仁ははっきり吠えた。
 口の中に潮の味が広がり、それは颯天にとって蜂蜜のように甘ったるさを感じさせる。もっと、とそんな欲求のまま吸引すると、オスはくるんだ手のひらを跳ね除けんばかりにびくびくっとうごめいた。
 颯天は顔をおろして口腔の奥深くへと含んでいく。舌を絡ませるたびにオスが暴れる。口の中で身動きが取れないほどだんだんと硬さと太さを増していくようで、その満ち足りた感覚が気持ちにまで及ぶ。顔を上げながら、尖らせた舌で裏筋を舐めていく。潮味が尽きることなく、颯天の唾液と混じり合ってくちゃくちゃと嫌らしい音を立て快感を煽った。
 オス化した颯天のモノが触られてもいないのに熱く疼く。そうして祐仁のように、先端から蜜をとめどなく溢れさせ、裏筋を伝うその粘液が快感をさらに誘発していた。
「颯天っ」
 搾りだすような声は祐仁の限界を知らせた。そんなに時間はかけていないはずが、祐仁もまた颯天のように快楽に弱いことを思いださせた。あの離別の日、始めてわかったことだ。
 いまこうして触れさせてくれることのうれしさは快楽へと変換され、陶酔させられる。欲求に従い、颯天は責め立てた。
 舌を絡ませつつ顔を上下させ、なお且つ、先端に及んでは小刻みに舌で孔口をつつき、そうして吸着した。祐仁が腰をうごめかせる。杭がこれまでになく太くふくらみ、颯天は頬が窪(くぼ)むほど吸い着いた。とたん、祐仁はびくんと腰を突きあげた。
 颯天の喉の奥にオスの先端が嵌まり、嘔吐く。祐仁はその刺激にたまらず咆哮して直後、精を迸らせた。
 熱い蜜は喉を下っていき、それはまるで颯天を蕩かすような感覚に陥れる。ましてや祐仁の白濁した蜜は中毒性を持つのかもしれない。颯天は飢えたようにこれでもかと吸引を繰り返した。祐仁は腰を突き上げながら何度も吠え、そうして颯天が搾り尽くした刹那、祐仁は沈みこむように躰を椅子に預けた。吸着しながら離れた瞬間、断末魔の最後の力を振り絞るように祐仁は身ぶるいをした。
 颯天は思いのほかのぼせていて、立ちあがるにもよろめいてしまう。
「大した娼夫だ」
 呆気なく快楽を放った祐仁の強がりでもあり、やられたらやり返すという表明でもあった。
 息を荒げたまま、躰を起こした祐仁は颯天の直立したオスをつかんだ。
 あああっ。
 颯天は自分でも驚くほど、甲高い嬌声をあげた。
 一度、上下しただけでふわりと躰が浮きあがるような快楽に侵される。
 目隠しをされたまま再開した日は、祐仁の声に逝かされたようなものだった。いま、じかに触れられて、それだけで爆ぜそうになる。なんとか堪えたものの、濡れそぼつ先端を親指でぬるぬると撫でられればもうたまらなかった。
「祐仁っだめだっ」
 切羽詰まって叫んだ。
「もう逝くのか」
 その言葉にも煽られる。意地悪くも最も敏感な孔口を抉られて、颯天は耐えるすべを持たない。もっと耐えて楽しませなければ。有働の忠告を受けたはずがなんの学習もできていない。
「だめだっ逝ってしまうっ」
 精いっぱいの訴えと同時に祐仁が前かがみになって口を開いた。
「違うっ」
 そんなことはされていない、そんな意を込めて叫んだが祐仁は聞かず、逃げ腰になった颯天の臀部をつかんで引き寄せ、支える必要もなく起ちあがった慾を口に含んだ。
 脳内にちかちかと火花が散る。快感の火に違いなく、舌が孔口を抉り、その火はひと塊になって脳内を快楽で焼き尽くした。
 そうするのが祐仁であることの至福はこうも圧倒的な快楽をもたらすのか。颯天は祐仁の頭に手を添え、その髪をくしゃくしゃにしながら果てに昇りつめた。
 颯天が祐仁にしたように精は吸い尽くされ、解放されるとその場にくずおれる。ふらついた上体を祐仁が引き寄せた。そのまま腿に頬を預けると、祐仁の手がもう片方の頬に添う。
「手で……逝かされた、だけだ……」
「乾いた喉を潤しただけだ。食前酒だろう」
 喉が渇く。合言葉だったとわかって祐仁は口にしたのか。颯天は力なく笑った。

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