ふぃるふぃーる-恋愛短編集-

魔法の言葉


「投げてみてよ」
 返したボールを再び投げ返してきた先輩が、受け取った私にそう云った。
「あ……いえ、どうせ入らないから先輩がやってください」



 高校に入学して間もなく、希望を取らされた授業の一貫のクラブ活動。
 私は何気なくバスケを選んだ。
 この何気ない選択がこうまで憂うつの原因になるとは思いもよらなかった。

 失敗と悟ったのは最初の時間だった。
 みんな上手で、少なくとも私のように、
「好きだし」
という単純な理由から入ったとはとても思えない。
 それに加えて男女一緒という訳のわからなさ。
 もう目立たないようにやるしかなかった。

 この高校に入学した中学の同級生も少ないなか、友達はできた。
 いいことはそれくらい。
 ううん、もう一つ、とびっきりいいことがあった。
 それは先輩と知り合えたこと。

 知り合えたと云っても話すことなんてまったくなくて、すれ違うときに挨拶するくらい。

 夏休みも近くなる頃には一年生の私たちも学校の状況がわかってくる。
 そういう状況の一つに、先輩の群を抜くカッコよさが入る。
 そうすると、人よりほんの少し近い立場にいる私は羨ましがられる。
 本当に、ほんの少し、なのに。

 けれど、やっばり苦痛は抜けなくて、
 二学期に入ると私は一週間に一度しかないクラブ活動をサボりはじめた。
 おまけに余計な状況まで知ってしまう。

 先輩には彼女がいた。
 あーあ、だ。

 クラブ活動への一縷(いちる)の活力は一気に失せた。
 私は安易な選択は絶対にしないと自分に誓った。

 救いとなったのは、クラブ活動は出席をとることがなく、サボるにはなんの障害もない。

 そんなとき、私は見つかってしまった。
 十一月にしては暖かい午後、コートを羽織ってひなたぼっこをしつつ、サボって校舎屋上の一角で本を読んでいたところを。
 よりにもよって先輩に。

「へぇ。最近出てこないと思ったら、こんなとこで読書クラブに鞍替(くらが)えか」
 先輩は涼しげな顔とは裏腹にそう皮肉った。

 私は慌てて立ち上がる。
「あ、あの……す、すみません!」
 頭を深々と下げ、顔を起こすと同時に身を(ひるがえ)してその場を逃げた。
 校舎内へ駆け込み、階段を降りて踊り場で折り返そうとしたそのとき、
「なぁ、次は来いよ」
と、先輩が上から声をかけた。

 立ち止まった私は、嘘が云えなくて返事もできないまま戸惑う。

「ボール、カットするのうまいじゃん」
「……それは……ある程度は読めますから……」
「へぇ、すごいな」

 嫌味のある云い方ではなかった。
 けれど、私はどう(とら)えていいのかわからなくて、つい言葉がきつくなる。

「バスケが上手な先輩に云われてもうれしくないです」
 云ってすぐに後悔したけれど、発した言葉は取り戻せない。
「三学期はほとんど活動ないし、あと何回かで終わりだろ」

 怒っていると思いきや、予想外の静かな声――いや、むしろ、笑みを含んだような声に思わず私は顔を上げて先輩を見上げた。
 けれど、逆光で表情が見えない。

「次は来いよ」
 先輩が同じ言葉を繰り返す。

「失礼します」
 嘘はつきたくなかった。

 慌てて焦っていたあまり、あとから気づいた。

 先輩、なにしてたんだろ。サボり? まさか…………ね。



 先輩の言葉がずっと頭にあって、次の週のクラブ活動に参加した。

 敵陣のゴール下、私はまた先輩にチェストパスをした。そして、もう一度それは私のもとへと繰り返される。

「いいから、シュートしてみて」

 私は先輩の意図を察した。
 ボールから逃げてばかりいた私は、このクラブ活動で一度もシュートしたことがなかった。
 そう気づいていた先輩に応えたい。

 入らないとはわかりきっていたけれど、やってみた。
 先輩の配慮に応えたかった。

 精一杯ゴールを目指して放ったボールは呆気なくリングに当たり、相手チームにボールが渡る。

 ゴールできなかった悔しさというよりは、先輩に応えられなかった悔しさが残る。

 けれど、なんとなくうれしかった。
 温かさが心に残る。


「先輩!」

 授業終了後、着替えをすませた私は、先輩が一人で教室に戻るところを呼び止めた。
 それは自分でも思いがけない行動だったけれど、見かけたとたん、云わずにはいられなかった。

「ありがとうございました!」

 そう、この言葉。
 うれしかったんだ。私の存在をちゃんと見てくれていたこと。

 先輩が小さく笑う。
「次も来るだろ?」
「え、えっと……たぶん。約束はできませんけど」
 私はまたもや嘘がつけずに正直に答えたのだった。

 ぷっ。
 先輩が小さく吹き出した。
「じゃあな」
 先輩は背を向けて歩き出す。
 私も自然と笑みが出た。

 教室に戻ろうと私が歩き出したとほぼ同時に、先を歩いていた先輩が足を止めてふと振り返った。

「なぁ」
「はい?」
「おれとつきあわない?」
「へ?」

 意外な、というよりは夢にも思わなかった申し出に、私は気が抜けた声で問い返した。
 同じくあまりにも間の抜けた私の顔を見て先輩がふっと笑う。

「たぶん、おれ、おまえが好きなんだと思う」

 たぶん……て――。

「だって、彼女が……」
「魔よけ」
「はい?」
「いることにしていないと(うるさ)いだろ」
 先輩は狡猾(こうかつ)に云ってのけた。
「こう云うと自意識過剰に聞こえるかもしれないけど、実際、付き(まと)われたり断ったりするのは面倒。 かと云って、どうでもいい奴とつきあいたくもない」

 充分に自信満々の発言だった。
 けれど、その言葉はとても甘く聞こえる。

「先輩、“たぶん”、と、“思う”、を削除してくれたら、つきあってあげてもいいよ」

 私も高慢に云ってのけた。


 これから先、まだまだある私の未来。
 安易な選択もたまには、“棚からぼた餅”!


 ぷっ。
 先輩が短く笑う。
 そして同じく短い返事。

「了解」


 口数が少ない先輩の、私に対するこれまでの言葉一つ一つが意味のある言葉に変わった。

− The End. − Many thanks for reading.

DOOR
Material by Heaven's Garden.