CHERISH〜恋綴り〜

宿り木の(つぐみ)


 今朝、出勤するときの薄曇りだった空は、透き通った青の面積が勢いを増していく。ブラインド越しに日光が差す窓際は暖かく、ともすれば外に飛びだしたくなる気配があるが、生憎と仕事に時間を制約されている。
 もとより、そういった気分になる暇もないくらい、姫良は必死でパソコンに向かっていた。
「遠野さん」
 ゴールデンウィークの前後、同じような仕事をしてせっかく慣れていたはずが、半年以上たった年の暮れ、姫良の頭はほぼリセットされてしまっていた。貴刀グループ本社で、今週から年末年始のアルバイトに入って二日目のクリスマスイヴ。慌ただしく時間だけが過ぎている。
「遠野さん、ちょっと」
 姫良はパソコンの画面に見入り、与えられた情報と自分の入力のどこが違っているのか目を凝らして見比べた。
 受け持った二十二日のデータとそのまえ一週間のデータを比べると数字の桁数がはっきり違っている。入力後、念のためにとチェックしてそう気づいたまではよかったが、間違いが皆目わからない。数字は十種類しかないというのに、それが束になると、どうしてこうも違いを探しにくくなるのだろう。いや、十個しかないから探しにくいのか。
「遠野姫良!」
 ぴしゃりとした声が姫良をフルネームで呼ぶ。ビクッとした手がマウスを滑らせ、データ表を果てしなく選択してしまった。おかしなことにならないように慌てて選択を解除して、姫良は斜め後ろを振り向いた。
「何、ひ……」
 思わず名を呼ぼうとした姫良は、紘斗が目を細めたのを見て慌てて口を(つぐ)んだ。一つ深呼吸をする。
「はい、吉川主任」
「さっきから何度も呼んでるけどな」
「すみません。なんです……なんでしょうか」
 笑いさざめく声が立ち、姫良は決まり悪く困惑しながらも、言葉遣いに気をつけるように注意されたことを思いだして云い直した。
 それ以前の問題として呆れているのか、紘斗は大きく息をつく。そして周りを見回した。紘斗はその流した視線一つで笑い声を治めた。気まずさが生じるでもなく、社員たちは首をすくめたりと、おどけた表情を浮かべてからそれぞれ仕事に集中していった。
 紘斗はデスクを離れ、姫良の脇までやって来た。
「何が問題だ?」
「あ、データ入力を間違っているだけで大丈夫です。いまチェックしてます」
 姫良からマウス奪い、しばらく画面をスクロールさせて眺めていた紘斗はすぐに手を止めた。
「こういう場合、ここの比率を見たらわかるはずだ。明らかにこの支店だけ斗出(としゅつ)している」
 紘斗は姫良が持っている手書きの資料を見ると、ため息をつきながら大阪支店の数字をトントンと突いた。
「ここだ。担当者の悪い癖だな。先頭の数字は“7”じゃなくて“1”だ」
 姫良はまじまじと資料に見入った。この書類を書いた人は“7”の最初の縦棒を書かない人らしいとまでは察していたけれど、その中に“1”が混入しているとまでは疑わなかった。
「そっか。ありがとう、ひ……ございます、吉川主任」
 気が抜けたのと同時に緊張も緩んだようで、また失敗を犯しそうになり、姫良はすんでのところで我に返った。紘斗は口を歪めて首をひねり、それから姫良が使っているパソコンを指差した。
「“meeting”っていうフォルダの中に二十二日付けのファイルが入ってる。全部プリントアウトして持ってきて」
「はい」
 姫良はすぐにファイルを探し当て、十枚の会議用資料を出力にかけた。

「いいよね」
 姫良に身を寄せ、こっそりと話しかけてきたのは同じアルバイトの女性だ。派遣会社は貴刀の経験者を送ってくるのが通例らしく、姫良より二才上のこの女性、穴井麻知(まち)はゴールデンウィークのときも一緒だった。
 姫良が顔を向けて首をかしげると、穴井はちらりと姫良の背後に目を走らせた。
「吉川主任よ。まえもついたのは吉川主任だったよね?」
「あ……はい、そうですね」
「みんな、うらやましがってるよ。近づきにくい感じあるけど、有望株だし。遠野さんてどこの派遣?」
「え?」
 姫良は『有望株』という言葉に気を取られ、意味がピンと来なくて訊き返した。
「同じ会社の子いないみたいだし、貴刀ではそういうの、めずらしいから」
「あ……あの――」
「穴井さん、終わりましたか。次、お願いしたいんですけど」
 突然、穴井に背後のほうからお呼びがかかり、思いがけない質問に焦った姫良は窮地(きゅうち)を救われて安堵した。
 ちょうど出力も終わり、立ちあがって紘斗のデスクに持っていった。
「ありがとう。じゃ、これ」
 紘斗に書類を手渡すと同時にメモ用紙を差しだされた。
 自分の席に戻りながらなんの仕事だろうとメモに目を落とした。とたん、足を止め、思わず紘斗を振り向いた。姫良の背中を負っていたらしい紘斗は片方の眉をかすかに上げたあと、なんでもないことのように自分のパソコンに向かう。
 姫良は席に着くと、もう一度メモを眺めてから折りたたんでカーディガンのポケットにしまった。
 幸い、戻ってきた穴井は急ぎの仕事を頼まれたらしく、さっきの続きは追及されずにすんだ。

 与ったデータ表は紘斗に指摘されたところを修正すると、数字はぴたりと合致して一つの仕事はクリアした。紘斗のように、もっと頭を使わなくちゃと反省しつつ、それからの午前中の仕事は難なく終わる。
 昼休みに入り、姫良は独りで持ち場を離れた。
 一日目の昼休みは同じ企画室の派遣の子たち、つまり穴井たちと近くのカフェまで行った。ゴールデンウィークのときは派遣という立場からでも姫良は新米であり、そこまで親しくはなれなかったけれど、今回は彼女たちのなかで常連に昇格したようで、初日、いきなり誘ってくれたのだ。
 今日も誘われたものの、断ってしまった。拒否していると思われたかもしれない。明日、もし誘われなかったらこっちから云ってみよう。
 そんなことを思いながら一階までおりたあと、エスカレーターで二階に折り返して食堂へと入った。
 正午になったばかりで、まだ人は少ないが、なんといっても目立っているのは奥の窓際に置かれたクリスマスツリーだ。姫良の背の倍くらいありそうで、飾りが日光を受けてキラキラしている。
 姫良はトレイに好きなものを乗せていき、余裕でツリーの傍にある窓際のテーブルを陣取った。
 通りを見下ろすと、コート姿で歩いている人は肩をすぼめて寒そうにしている。対照的に、ここは暖房と日光のせいで暖かすぎるほどだ。

 五分くらいして紘斗の姿が見えた。姫良がどこにいるか知っていたかのようにまっすぐに目が向いて、紘斗はかすかに首を動かすと、トレイを取って列に並んだ。
「お疲れさまです」
 いい響きだと思いながら声をかけると、紘斗はからかうような顔つきで薄く笑った。
「疲れてるのはおまえだろ」
「そんなことない。一生懸命なだけ」
「いい心構えだ」
「うん。なんとなく今日はオフィスラヴって感じしない?」
「なんだそれ?」
 紘斗はお箸を持つと、まず酢豚に手をつけた。紘斗のトレイは中華コースだ。一方でイタリアコースの姫良はミートパスタをフォークに絡めた。
「だって、オフィスラヴっていえば秘密ってイメージでしょ? メモ用紙で食事のお誘いって秘め事っぽい」
「捨てとけよ」
「ううん、取っておく。貴刀に入社するのは絶対に無理だし、いまのうちしかこういうこと経験できないから」
 紘斗は頓着しない様で肩をすくめた。姫良にとっては、普段にないいまの自分のタイトな格好を含めて貴重な時間だけれど、紘斗はそうじゃないらしく、がっかりした気分にならなくもない。
「さっきね、穴井さんから紘斗の下につけていいねって云われたの。紘斗は『有望株』らしいよ」
 紘斗は鼻で笑う。
「紘斗」
「なんだ」
「まえから訊きたいって思ってたけど、紘斗って……」
 姫良は近づいてくる女性に気づいて質問を途切れさせた。紘斗のまえのカノジョ、前田美春だ。ほぼ一年くらい見かけることはなかったけれど、相変わらず颯爽とした雰囲気がある。その瞳は明らかにこのテーブルを目指していた。
 黙りこんだ姫良を不自然に思った紘斗は、その視線の先を振り返った。そこで漏れたため息はどういう意味だろう、と姫良は思う。

「久しぶりね。紘斗の妹さん――なわけないわよね」
「こんにちは」
 美春は自分で自分の呼びかけを打ち消した。もしかしたら姫良のことを最初から妹だとは信じていなかったのかもしれないと感じた。
 とりあえず挨拶言葉を口にした姫良は、紘斗に目を移した。どう思っているのか読み取れるはずもなく、そうしている間に美春は紘斗の隣に座り、テーブルに肘をつくと顎の前で手を組んだ。一つ一つのしぐさがきれいだ。
「ああ、違う」
 美春を向いた紘斗はあっさりと以前の嘘を認め、彼女は眉を上げて心外だという意思を示す。
「まさか、二股かけてたんじゃないわよね」
「そういうことをしたつもりはない」
「一年まえ、置き去りにしたくせに?」
「それは悪いと思ってる」
「でも、あのあと、この子と会った」
 組んだ手を解き、美春はいきなり指先を姫良に向けた。姫良は躰を引いて息を詰める。
 いまはもうほとんど美春のことを思いだすことはなく、以前、紘斗に咎められたこともあって、美春のことはちゃんと訊けずじまいで来たけれど、何もなかったはずはないと今更で姫良は認識した。
「そのとおりだ」
「あの――」
「黙ってて」
 紘斗も美春も一見冷静にしているけれど、気配は険悪だ。姫良はそれを和らげようとしたつもりが無造作に一蹴された。正確にいえば、美春が一方的に殺伐としているのかもしれない。
「念のために云うけど、私、無神経じゃないのよ」
「無神経なのがおれであることは間違いない」
「そういうの、開き直りって云わない? 悪いって思うなら、去年の償いをすべきね。今日のクリスマスディナー、私と付き合って」
「無理だ。カノジョと約束してる。そうじゃなくても付き合う気はない」
 紘斗の目がちらりと姫良を捕え、すぐに美春に戻った。ふたりは対峙して、短いのか長いのかわからないような時間が流れる。
「呆れた。ごめんなさいね」
 美春は肩をそびやかし、姫良に謝罪の言葉をかけて立ちあがった。唖然として驚いているうちに、美春は親密さを見せつけるように紘斗の肩に手をかけて身をかがめ、その耳もとまで顔をおろした。
「こんなところでデートなんて。カノジョ、めった斬りに遭わせないようにしなくちゃ。私、たいへんだったんだから」
 姫良が冗談か本気か捉えあぐねていると、紘斗はふっと笑みを漏らし、釣られたように美春も笑みを浮かべた。微笑みを浮かべたまま、ちらりと姫良を向いた美春は躰を起こし、優雅に身を翻して立ち去った。
 美春は三人の女性がいるテーブルに行き、当然のように空いた席に座った。何事もなかったように、目の前のトレイから手に取ったパンを千切り、同席者と楽しそうに話し始めた。
 やっぱり、美春の自信たっぷりな身のこなしには憧れる。

「紘斗には美春さんみたいな人が似合ってる気がする」
 険悪に始まり、微笑みで終わったいまの出来事がどういうことなのか、姫良にとっては難しくて理解できない。何気なく思ったことを口にした。すると、紘斗の表情が硬く強張ったのがわかった。細めた目は睨むようで、姫良の口もとまで伝染して強張る。
「どういう意味だ」
「あ……べつに深い意味じゃなくて、わたしも美春さんみたいに堂々といられたらいいなってこと」
 紘斗は真意を量るように姫良を見つめる。その間に何か考えついたのか、次に紘斗が口にしたことは話が変わったみたいにずれていた。
「おれが美春を酷く扱ったことは本当のことだ。けど、姫良に――」
「わかってる。パパに宣言してくれたことはちゃんと覚えてるし、それが嘘だとは全然思ってない」
 さっき姫良が漏らしたことは嫌味とか皮肉のように聞こえたのかもしれない。紘斗をさえぎって口早に云うと、姫良を見る目がおもしろがった様子に変わった。ほっとした姫良にも笑顔が戻る。
「おれに訊きたいって、さっきの続きはなんだ?」
「あ、えっと……紘斗ってやっぱりモテるのかなってこと。美春さん、たいへんだったって云ったし、めった斬りに遭いそうだったら気をつけなくちゃ」
 紘斗は薄く笑いながら首を軽く横に振った。否定というよりは面倒くさそうだ。
「誇張だ。モテるとか、そういうのはおれにはわからない」
「でも、だらしなかったって。女の人がいっぱい寄ってきたってことでしょ? 紘斗に近づくってよっぽど自信なきゃ無理そう。美人さんばっかりだった?」
「まえのことは気にしてないって云ってなかったか?」
「気にしてるわけじゃなくって、知りたいだけ」
 すまして云いのけた姫良を見て、紘斗は口を歪めて切り返す。
「そういうおまえにはどんな自信があったんだろうな」
「あ、そっか。んーっと、わたしはね……とにかく、いつもとおんなじ。紘斗だ! って思ったの。自信とはちょっと違うかな」
 紘斗は顔をうつむけ、降参だというような笑い方をした。

「美春さん、わたしがここでアルバイトしてるってこと知ってるの?」
「さあな。美春は社長秘書室だからフロアが全然違う。デートって云ったからにはそうは思ってないんじゃないか。たまたま見かけて、一言云わなきゃ気がすまないってやつ。さっきのことは姫良が気にする必要はない」
「秘書室ってパパの?」
「ああ。秘書室は一人じゃない。十人くらいいるはずだ」
 驚くというよりは納得した。美春は見た目だけじゃなく、本当に聡明な女性なのだ。
 また美春のテーブルを見ると、その目の端に視線を捉えた。姫良が横へと視線をずらすと穴井の目とぴたりと合う。
 穴井は不可思議な様子で首をかしげた。もしかして、ずっとそこにいて、尚且つ見られていたんだろうか。外でランチを取るのが彼女たちの定番なのに、まさかここにいるとは思っていなかった。
「紘斗、穴井さんからどこの派遣会社から来てるのかって訊かれたんだけど」
「そのまんま云えばいい」
「そのまんま?」
「社長ってことは云わないまでも、とある役員の娘で社会勉強してるって云っておけばいい」
 そんな簡単な答え方があったのだ。
「それでいいんだよね」
「名前呼んでもボーっとしてるし、どっかのお嬢さまだってわかったらだれだって納得する」
「紘斗! あれは、集中してたし、紘斗の声で『遠野さん』なんて云われ慣れてないからピンと来てなかっただけ」
 恥ずかしさのあまり姫良はすぐさま自分を援護した。紘斗は声を出して笑う。それが聞こえたのか、ちらりと見た穴井は驚いた顔をしていた。
「紘斗、その穴井さんがちょっと向こうにいるんだけど、どうしよう」
「偶然、一緒になったって云えば」
「偶然は無理。ランチ一緒にって誘われたのに断っちゃってるから」
「相談事でもなんでも適当に云っておけばいい。念のためフォローしとくと、貴刀は社内恋愛がだめってわけじゃない」
 平然とした紘斗の言葉は姫良を笑わせた。
「やっぱりオフィスラヴ!」
「早く食べろ。ちゃんと仕事すれば、バレたところでだれも文句云わない」
「うん」

 いつものとおり、姫良のお喋りがほとんどを占めて昼食を取った。トレイを返してきた紘斗がコーヒーを二つ持ってくる。姫良が一方的に押しかけた一年まえには考えられない光景だ。
 テーブルまで来た紘斗を見上げると、その背後にあるツリーに細工された赤実の宿り木が目につく。ずっと昔、祖父母とクリスマスツリーの飾りつけをしていたシーンが頭をよぎった。
 その瞬間を見逃さなかったらしく、コーヒーをテーブルに置いて椅子に座った紘斗は首をひねった。
「どうした」
「ううん。一年の間にいろんなことあったなって思って。クリスマスツリー、おばあちゃんたちが元気な頃は毎年飾ってたの。そのとき、宿り木を飾ってたらツグミの話になったんだけど」
「ツグミ?」
「そう。宿り木って他人の木に寄生しちゃう木じゃない? 鳥がその実を食べて飛んじゃって、その鳥のフンから芽が出るらしいんだけど。その鳥のなかでツグミっていて、それがわたしに似てるっておばあちゃんが云ったの。どんな鳥かと思って調べてみたら可愛くって凛としてていい感じ。でも……」
「でも、何?」
「うん。警戒心が強くって人を見ると隠れちゃうって」
「鳥は大抵そうだろ」
「だろうけど、おばあちゃん、もしかしたらそんなふうにわたしのこと見てたのかなって。そのとおりだけど、心配させたままで安心させてあげられなかったなってちょっと後悔してる」
 “ちょっと”というのはとても控え目な表現だ。そんな気持ちとは相反して、姫良はおどけたように首をかしげた。対して、紘斗は顔をしかめる。
 紘斗は、ついさっきのように姫良の気持ちを捉えるのが上手だ。最初の頃からそうだった気がする。いまも姫良の本心を見抜いていて、それと裏腹に振る舞うから気に入らないのだ。けれど、身に着いたことは(さが)みたいになかなか変えることができない。
「ばあちゃんはわかってる」
「え?」
「ばあちゃんに告白したって云っただろ。ばあちゃんは安心してた。おれはそう思ってる」
 姫良は目を丸くして紘斗を見つめた。
 去年のいまはまだおばあちゃんがいて。それから紘斗と会わせたヴァレンタインデー。あの日、おばあちゃんは泣いてるくせにうれしそうだった。姫良のくちびるに笑みが広がる。
「告白って何を告白したの?」
「おまえがばあちゃんになったら教えてやる」
 姫良は声を出して笑い始めた。
「想像できない! でもそれって、紘斗とわたしはおじいちゃんおばあちゃんになっても一緒にいられるって保証?」
 紘斗は口を歪めただけで答えない。
「でも、いまをよく考えたら、わたしって宿り木でツグミ」
「わからないな」
 呆れたように紘斗は首を横に振る。
「たぶん、わたし、紘斗に寄生して栄養どんどんもらってる。それに、ツグミが警戒心強いのは最初のほうだけで、環境に慣れてくると人にも慣れて(なつ)っこくなるって」
「たぶん、喜ぶべきこと、なんだろうな?」
「たぶん、じゃなくって、絶対!」
 紘斗は口の端を上げて笑みを浮かべた。ちょっと意味ありげだ。
「木に止まってるツグミを見たことあるけど、おれからすれば、そのときの胸張っててツンとしてるツグミがおまえそのものだって思う」
「どういうこと?」
「おれの猫に似てる」
「……そう?」
「ああ。そろそろ戻るぞ」
「あ、うん」

 空にしたコーヒーカップを二つ持った紘斗は、わざわざ穴井のテーブルへと遠回りした。何をするかとドキドキしてついていくと、紘斗は、お疲れ、と声をかけただけで、穴井の普段よりは少し上ずった挨拶返しを聞き届けるとそのまま通り過ぎた。
「穴井さん、あとで」
「楽しみにしてるよ」
 何も云わないのもおかしい気がして、姫良が適当に声をかけると、穴井はそれをどうとったのか、一拍置いた返事には好奇心が滲んでいる。まずい云い方をしたらしいと気づいてもあとの祭りだ。
 ため息をついたちょうどそのとき、紘斗と出口で合流した。

「なんだ?」
「根掘り葉掘り訊かれそう」
「疾しいことはない。根掘り葉掘りっていえば肝心なことを云い忘れてた。社長から電話があった」
「パパが? いつ?」
「昨日の夜。クリスマスは家族とすごす日なんだが、って云うから、良いクリスマスをって云っておいた」
 今年は誘いがなくてどういうことだろうと考えていたけれど、姫良では埒が明かないと知っている父、一成は今回、紘斗を当てにしたらしい。姫良と同じこと――家族とすごす日なんて云う一成のことを不思議に感じながら、紘斗の言葉を受けて一成がどう思ったんだろうと好奇心が湧く。その厳格な顔が引きつったところを思い浮かべるとちょっと笑えた。
「ありがとう、紘斗」
「いろいろ訊きたい……というか話したいんだろうな。それより、今日はミザロヂーに七時だ」
 紘斗は一成に関してはさらりと流して、それからいきなり予定を告げた。歩きながら、姫良はびっくり眼で紘斗を見上げる。
「ミザロヂー、なんだか知らないけど予約取れなかったの。クリスマスだし、予約なしじゃわたしでも無理だと思う。だから家でと思って――」
「予約はおれが取った。遠野姫良でも貴刀姫良でも、どうせ連れてくるから予約は取るなって店には云った」
 姫良はこれ以上にないくらい目を見開いた。次の瞬間には笑いだす。
「たまにはおれを立てろ」
「ヘンなプライド」
 冗談めかした紘斗をからかうと、その顔が不意打ちでおりてきた。姫良は息を呑んで立ち止まった。
「紘斗!」
「冗談だ」
 今度は紘斗が笑い、姫良を置いて歩いていく。急いで追いかけると、歩くのに合わせて揺れている紘斗の手のひらに自分の手を滑りこませた。紘斗はちょっと手を握りしめてすぐに離す。

 宿り木でツグミで猫ちゃんで。そして、わたし。
 みんなが紘斗にくっついたところを想像して、姫良はこっそり笑った。

− The End. −

宿り木 …… クリスマスの飾り物。風習:この下で出会った2人はキスしなければならない。
鶫 … あまり鳴かなくて「口をつぐむ」ことから名付けられたというツグミ。分類目スズメ。
    ピョンピョン飛んではすぐ立ち止まり直立姿勢になる。警戒心からだとか。

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