CHERISH〜恋綴り〜

サンタへの贈り物


 クリスマスの前夜、街はそわそわと(あで)やかな光を散りばめていく。
 寄せられる視線を()退()けつつ、いつもよりは人が多い帰り道を通り抜けた。
 幼少の頃から特異な視線を集めることは多かったが、選んだ仕事が仕事なだけに、ここ二年はそれが倍になった気がする。
「あれ! “FATE”の“KENRO”じゃない?!」
 そんな囁き……じゃない、叫び声が届く。
 煩い。
『じゃない?』じゃなくて、おれは正真正銘FATEのギタリストKENROだよ! と叫びたいときがある。
 ついでに、日本最大企業、貴刀グループの御曹司、貴刀健朗だ! と叫んでもいい。
 今日はそういう日だ。
 けどそれをやったら品良く与えているイメージが崩れる。育ちが良いおれのディレンマ。

 苛々(いらいら)しながら、半年前から独り暮らしをはじめたマンションの部屋へ帰ると灯りをつけた。
 イルミネーションなんか見にいかなくても、十五階のこの部屋からは毎日のように似た景色が眺められる。
 それがなんだ?
 エアコンのタイマーセットをしていたせいで暖かいが、無駄なものは何一つない殺風景な部屋はなんとなく冷たい。というより虚しさを感じる。
 苛々はそのせいだ。
 芸能界という特殊な業界に二年もいると特有の慣習も身につき、がむしゃらに音を追ってきて四年を越えた。
 余裕ができたぶん、人が恋しくなったのかもしれない。
 別に女に不自由してるわけじゃない。そんなんじゃない。
 第一、いつでもどこでもなんでも、不自由ということをおれは経験したことがない。逆になんでも手に入るからこその虚しさがある。
 おれはずっとそれと闘っているのかもしれない。

 大きくため息をついたとき、携帯の着信音が鳴った。
『健朗、メリークリスマス! プレゼントありがとう。子供たち、すごく喜んでるよ!』
 通話ボタンを押すなり、笑みに満ちた姫良の声がした。
「メリークリスマス。気に入ってくれてよかった。姫良、風邪ひいてない?」
『うん、大丈夫よ。それより、わたしも健朗にプレゼントを贈ったから』
「めずらしいな。なんだよ?」
『お楽しみ。返品はお断りだから。じゃ、良いクリスマスを!』

 十年前を思いだすと考えられないくらい、姫良は笑うようになった。一姫二太郎と理想的に子供を二人持っていつも楽しそうにしてる。

 おれが与えることのできなかったその笑顔。
 ちょっと胸が痛んだ。



 九年前、おれは六才年上の異母姉、姫良のためにサンタになった。

 姫良は父の先妻の子で、後妻に納まったおれの母とうまくいかず、おれが二才のときに姫良の母方の祖父母に引き取られた。
 うまくいかなくなったというよりは、母が一方的に姫良を邪険にしたというほうが正解だろう。

 おれが生まれるまでは母も姫良にやさしかったらしい。
 いつか見た幼い姫良と母の写真。
『大好き』という言葉が聞こえてきそうなくらい、姫良のうれしそうな瞳と母の姿がある。
 姫良は幼くして母親を亡くしたためにその記憶もなく、そのぶん、母に(なつ)いたようだ。

 おれが生まれてからそれは壊れた。

 なにかイベントに(かこつ)けては父が姫良を呼び、やってくるのは十回に一回くらいだ。
 姫良は母に近づこうとしない。
 そんな事情をまったく知らなかったおれが近づくと、
「また大きくなったね」
とやさしく頭を撫でたり、頬をつねったりして姫良は惜しみなく笑みを向けてくれた。
 けれど、あの写真のような笑顔は消えてしまっていた。
 たぶん、母はおれが生まれたことによって、実子と養子の違いに対処しきれなくなったのだ。
 事情を知ったのは姫良の背を追い越した小学六年のとき。
 母が自ら語ってくれた。
 母なりに後悔して反省もしている。現にこの頃は、母が歩み寄ろうという努力をはじめ、少しずつ二人が会話しているところを見かけるようになった。
 けれど、あの笑顔がない。

 なんとか姫良を笑わせたい。
 おれはそう思ってけっこう頑張った。
 おれにはできなかった。
 ただ、いろんなことをだんだんと話してくれるようになった。
 そしてあるとき、吉川紘斗の存在を知った。
 姫良が男の話をするのは、正体不明の男で姫良が呼ぶところの“哲ちゃん”に続いて二人目。
 その哲ちゃんを語るときとは微妙に違う口調。
 しかも相手には彼女がいるにもかかわらず、姫良が一方的に(から)んでいると知ると、かなりの興味を覚えるとともにおれの中になんらかの感情が現れた。

 親友の聖央(せいおう)と探偵じみたことをやって、吉川が彼女とそう真剣に付き合ってるわけではないとわかった。
 クリスマスイヴの昼間に電話すると、姫良が吉川と貴刀ビルにいることを知ってこっそり覗きにいった。
 ちょうど姫良が廊下に出ようとしていて、おれは慌てて近くの部屋に忍びこんだ。
 わずかに開けたドアの隙間(すきま)から吉川を見上げる姫良の横顔が目に入る。
『気をつけて帰れよ』
 吉川はそう云ったあと、姫良がエレベーターに乗りこむまで見送っていた。姫良は振り向くこともなく、吉川がそうしていることに気づいていない。

 泣きたいような気分になった。
 姫良が吉川に向けた笑顔は、おれに向けるものとは明らかに違っている。
 そのときはじめておれは姫良に恋してることに気づいた。
 所詮(しょせん)、叶うことのない恋。
 それならせめて姫良には笑ってほしい。
 おれはガキなりに必死に考え、一か八かの電話。
『姫良を頼めませんか』
 電話したあと、駅の正面にあるオブジェの台座に座っている姫良を見守った。
 独りでいる姫良の姿は痛い。
 あんなさみしさを教えたのはおれにほかならない。

 そんな姫良に近づいたのは哲ちゃんだった。

 哲ちゃんはいつのまにか吉川とも交流を深め、いまでは父の後継者として習得中である吉川の右腕として働き、それとともに姫良の周りをまだウロウロしてる。
『知らないでいいことは知らないほうがいい』
とどこかで聞いたようなセリフを吐いた哲ちゃんは、おれにとっていまだに正体不明の謎な男だ。
 まぁ、なかなか人を受け入れない姫良が信頼するくらいだから、危ない人間でないことは確か。


 そして吉川が来たのはおれが電話してから一時間経った頃だ。
 哲ちゃんと入れ替わって吉川が姫良に近づいていく。
 彼が来たということはおれの頼みを受け入れたということだよな。
 姫良、おれはサンタになれたかな?

「よかったね」
 どうしてもついてくるといってきかなかった聖央の横で、彼の幼なじみである亜夜ちゃんがそっとつぶやいた。

 いま思えば失恋したと同時におれは恋したのかもしれない。
 うれしそうにおれを見上げる亜夜ちゃんに。
 亜夜ちゃんが追っているのは聖央だとだれだってわかる。
 このとき、ふたりはこのまま順調にいくもんだと思っていたのに、ありえないようなことが降りかかった。
 すれ違うふたりの影で、おれはここでもけっこう頑張った。

 報われないと知りつつもなんとかしたい気持ち。
 虚しさへの反抗だったのか。
 姫良のこと以来、見えないところで人に尽くすのが癖になった感がある。
 まるで真夜中に働くサンタみたいに。


 一つ目の恋はそれと気づかずに終わり、二つ目の恋は最初からあきらめていたようなもの。
 その間もその後も、実る恋ができるかも、と適当に遊んでみたが、どうもおれには“福沢諭吉”が()いているらしい。
 この世の中は背後霊が見える女がやたらに多いと気づいた。いや、女だけとは限らないが。
 おれは背後霊が見えない女を二人知っている。
 姫良と亜夜ちゃん。
 ああ、二人じゃないか。FATEの彼女たちもそうだ。

 生まれたときから両親がサンタだったおれは欲しいと思うものはいつでも手に入り、それゆえに当然のごとく本物のサンタが来たことはない。
 けど、いまは欲しいものがある。
 サンタのおれにだって一度くらい欲しいプレゼントをくれるサンタがいてもいいはずだ。
 なに子供じみたこと云ってんだ?

 そうつぶやいたときドアホンが鳴った。
 電話の子機に映ったのは夏生結礼(なつきゆらい)だ。引っ越して依頼、結礼がここへ来るのははじめてのことだ。
 玄関に行ってドアを開けると、赤いショート丈のワンピースにグリーンのコートという、目がチカチカしそうなクリスマスカラーを纏って、なにやら手荷物をたくさん持っている。

「なんだよ」
「あの、健朗さまにクリスマスのお食事をと思って」
 冷たく問い(ただ)しても結礼はめげることなくおれを見上げて笑っている。いつものことだから慣れているんだろう。
 結礼が『健朗さま』と呼ぶのには理由がある。
 結礼の両親は貴刀の家で働いている。
 代々のことで貴刀の敷地内に、独立した普通よりは多少立派な家があり、夏生家はそこに住んで常に貴刀の家を取り仕切っている。
 今時『さま』はないだろ、と思うがそう云っても一向に直らない。
 もうあきらめた。

「入っていいですか?」
「勝手にしろ」
 そう云うと、しっぽがあったら間違いなくパタパタ振ってるに違いないと思うくらいうれしそうに、はい、と答えて結礼はブーツを脱いでいる。
 犬みたいな奴。
 リビングに入ると、結礼は持ってきたものをテーブルに広げていく。手際よく、というよりは不器用だ。
「おまえ、おれがいなかったらこれどうしたんだ?」
「えっと、姫良お姉ちゃんからいるって聞きました」

 そうだ。おれが結礼に冷たくする理由。
 こいつは姫良から名前をつけてもらったんだった。
 姫良は一回(ひとまわ)り幼い結礼の面倒をよくみていた。姫良を取られたみたいでおれは気に入らなかった。
 いまだに引きずってるおれって思ったより大人になりきれていない。
   結礼はおれに嫌われていることをわかっているはずなのに、いつの頃からか付き纏いはじめ、それはずっと変わらず、引っ越したいまでも貴刀の家に顔を出すと、おれの周りに絶えず現れる。
 よくわからない奴だ。

「あ、そういえば姫良お姉ちゃんから預かり物が……」
 結礼はバッグの中を探り、取りだした封筒をおれに差しだした。
 封を開けるとクリスマスカードが入っている。眩しいくらい発光度のあるシルバーのツリーが描かれたカードを裏返した。
 …………。
 どういうことだ?


『健朗へ

 九年前にサンタさんが私にくれたプレゼントに(かな)うものはないよ。
 サンタさんへのお返しはなにがいいかなってずっと考えてた。
 やっと見つかったの。
 私からのプレゼントは目の前に届けたから。
 ふたりのことはちゃんと見てきたつもり。
 健朗がいちばん()になれる場所だって思ってる。
 (なま)ものだから大事にしてね!
 私は健朗のサンタになれたかな?
 Happy Christmas for You!
 with my Prayer.

姫良より』


 目の前って……。
 おれは結礼に見入った。
 模範的な高校二年生らしい肩までの黒い髪。顔の周りだけちょっとくせ毛でそのぶん幼く見せている。
 貴刀はいくら使用人の子供とはいえ、未成年者を働かせたりしない。
 ってことは自分の意思でここにいるということであり、且つ“その”気持ちが結礼になければ、おれの本性を見抜いている姫良がこういう無神経なことをするはずがない。

「おまえ……」
 結礼が顔を上げて首をかしげる。
「おれが好きなのか?」
 ストレートな言葉に驚いた結礼の顔が赤らんだ。

 おれの背後霊が見えない奴、ここにもいた。
 なんだ、こんな傍にいたのか。
 姫良が云ったように確かに気を遣うこともなく、自分を飾ることも不要な場所。
 おれは引っ越したとき、懐いた飼い犬を置き忘れてきたらしい。

「結礼、こっち来て」
 結礼の瞳が大きく見開く。
 それはたぶん、おれが結礼の名をはじめて口にしたからだろう。
 それくらいおれは意地っ張りで二重人格。
 ソファに座ったおれの正面に結礼がやってきて立ち尽くした。
 ジップアップのワンピースに手を伸ばすとファスナーを下ろしていく。

「もらったプレゼントは開けないと失礼だよな」

 そう云いつつ、無抵抗の……というより混乱して状況がよくわかっていない結礼を引き寄せた。

「ついでにスペシャル生もののお味見も…………」



 Dear My Santa Claus

『ごちそうさま。飽きが来ない美味しさでした。癖になりそうです』

 By Your Santa Claus

− The End. −

* プライヴェートブログのお仲間さんからいただいた2007.12.企画のお題「クリスマスの物語」第1弾

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