NEXTBACKDOOR|神様はコールガール!

第2章 神様クラスターは好奇心でできている
1.神様のリクエスト

 腕に何かを抱き、それがもぞもぞとうごめく。喘ぐような呼吸が胸の辺りに触れ、立聖は下腹部の異様な感覚に気づいた。パッと目を開く。
「流星、あったかーい」
 気が抜けるようなのんびりした声に続いて、立聖を見上げた顔に浮かんだのは赤ん坊のような、にぱーっとした笑顔だった。
 臓腑(ぞうふ)が疼(うず)くような感触を覚えた。
 首を逸らして頭上を確かめれば、カーテンを開けっ放しにした窓の向こうはもう白んできている。ベッドヘッドのデジタル時計は五時をさしていた。眠りについたのが何時だったのか、めずらしく長く眠ったようだ。
 いつ以来か、彼女の云うとおり、躰は確かに温かさを感じる。夢だった、とはならなかった。立聖は吐息をこぼした。

 ……このため息はなんだ。
 ついてしまってからそんな疑問を抱く。
 セックスに興味を示し、それが果たされれば消えるかもしれないと思っていたが。
 ……ってことは、まさかおれが面倒みるのか? どこのだれともわからない女を? もしも神様だとしてだれが信じると思う? ……冗談だろ。

 脳が冴(さ)え始めると、やはり疲れていたのだろうと認めざるを得ない。現実、慎重にやってきた立聖が破目を外して行きずりのセックスに走ったことは、いまも繋がる躰が証明していて、否定しようがない。
 立聖は腕を緩めた。ふたりの躰を離しかけると、逆に彼女はしがみついてくる。
「まだ!」
「まだじゃない。話だ……くっ」
 何を思ったのか、平たい――厳密に云えば、鍛(きた)えるのは怠(おこた)らず隆起しているが、女に比べると明らかに平たい胸に、彼女はぺたりとくちびるをつけた。口を開けて小さく突出したところを咥えると、ぺろりと舌先で舐めてくる。
 ぞくりとした感覚が背筋を上った。そんなところに快楽点があるとは思ってもみなかった。攻められるにつれて下腹部も疼いてくる。得てして女の快楽点をつついているのだろう、彼女はくちびるを放して喘いだ。

「おまえの脳みそはどうなってる? 神様だって云わなかったか? 神様がこれでいいのか」
 質問を三つ並べると、邪気のない顔が――それよりは快感に蕩(とろ)けたような顔が、立聖を上目遣いで見つめる。
「神様はね、なあんにも考えてないんだよ。ただ、綺麗なものを綺麗って感じるだけ。流星、休むっていいよ。何もしないで、のんびり宇宙を見るのってすごく好き。でも、流星と合体するのも好き」
 と、そこまで云った彼女は急にきらきらとした面持ちになる。
「合体のほうが好きかも!」
 そこに満面の笑みを見ると、立聖は力なく口を歪めた。
「やっぱり断罪されそうだ」
 立聖は放ちながら怯む気持ちはなく、主導権を奪う。ふたりの躰を反転させて、彼女を組み敷いた。

 さっき彼女がしたように、つんと上向いているふくらみに顔を落とし、立聖はその先の粒を口に含む。
「あっ、りゅーせーっ」
 やわらかい粒は、舌先で転がしているうちに尖っていく。もっと、と要求しているようだ。一方で、その硬くなった粒が立聖の舌をくすぐり、快感を生んだ。刺激を絶やすことなく揺さぶっていると、彼女の上体がびくびくと跳ねだす。連動して、かろうじて繋がっていた躰の中心では、立聖のオスが引きずられるように奥へと埋もれていった。
 ……っ。
 彼女のなかは融けだしているんじゃないかと感じるほど、オスは熱い蜜に覆われた。反応が敏感なぶんだけ、立聖にもそれが及ぶ。はじめてそんなことを知って新鮮な気分を与(あずか)る片方で、主導権はどっちにあるのか曖昧になっている。
 細い腰もとからすくうようにして躰を抱きとり、立聖は彼女を縛った。彼女が逃げるとは思わなかったが、快楽から逃げることも阻止したいという自分の欲求に従った。

 立聖は赤い粒を口に含んだまま、浅い場所で律動を始める。そう時間もたたないうちに、彼女の嬌声は悲鳴と区別がつかないほど切羽詰まっていった。伴って、早くもふるふると痙攣し始めた。
「りゅーせっ、イっちゃ……!」
 苦し紛れの訴えは間に合ったのか間に合わなかったのか、彼女の躰は逃げる動物のごとく立聖の下で暴れるような反応を示す。繋がった場所で生じたひどい吸着に任せ、立聖も制御することなく爆ぜた。彼女は喘ぎながら、満ち足りたようなふるえを躰の隅々に走らせた。
 そして。やはり、立聖の下でぐったりとして動かなくなった。

「セックスのたびに気絶するってどうなんだ?」
 自分で自分に問いかけたが、答えをわかるはずがなく、求めているわけでもない。
 立聖は大きく息を吐いた。気だるさと心地よさが入り混じる。
 そうして果てから降り立つと、自分がいとも簡単に誘惑に乗ったことを知る。いや、最初から乗り気だったかもしれない。自分に呆れて立聖は首を振った。

 躰を放してベッドからおりると彼女を見下ろす。仰向けの蛙みたいな恰好を見て力なく笑い、立聖は彼女の脚を伸ばしてやって、平らな腹部に無造作にガウンをのせた。ベッドにいたら三度め、元の木阿弥に陥るのはわかりきっている。
 立聖はもう一つのガウンを取ってきて羽織ると、煙草と灰皿を持ってソファのところにいった。
 昨夜と同じ位置から見る空は、眩しい光に満ちていく。夜とは世界が明らかに違う。すると、昨夜の出来事は幻だという考えがふとよぎる。だが、ベッドを見やると、仰向けで寝転がった裸体は確かに在る。
「腹へったな」
 つぶやいてホテルの備え付けの電話を取った。ルームサービスで朝食を注文したあとソファに座り、スマホの着信履歴を確かめる。選別して必要な連絡をすべてメールで終わらせたあと、煙草を吹かしながらベッドを眺めた。
 すると、彼女が横を向き、手を伸ばした。何かをつかもうとしたようだが、手は空を切ってぽとりとベッドの上に落ちた。
 直後、彼女は勢いをつけベッドの上で飛び起きた。

「流星っ!」
 きょろきょろした顔がまもなく立聖を捉え、天気で表せば梅雨明け快晴といった笑顔を浮かべる。
 ベッドから脚をおろすと、駆けてきた――つもりが、心に躰がついていけず、彼女はふかふかの絨毯につまずいたかのようにつんのめった。
「おいっ」
 立聖は煙草を手にしたまま慌てて立ちあがった。どうにか倒れないように踏んばっていた彼女が床に叩きつけられる手前で、躰を滑りこませて抱きとめた。
「うまく歩けてない。慌てるな。おれの身のほうが持たない」
 床に座りこみ、まさに衝撃の出会いのシーンを繰り返すかのように、腕のなかで彼女が笑う。
「気持ちいい」
 しぐさも言葉も……この、人を堕落させるような脱力感はなんだ。
 ――まさか。
「おまえ、もしかして神様じゃなくて堕天使か?」
 思ったことをつい口にしてしまうのは弱点を晒すようなもので、立聖はあらためて油断させられていると知らされる。
「堕天使?」
 顔を上げた彼女は不思議そうに立聖を見上げた。

 瞳を間近にすると、その色は単純にブルーと表すには惜しく、月の明かりに照らされた夜空と同じ藍色だ。心なしか、星のように点々と光がきらめいて見え、ともすればブラックホールのように吸いこまれそうな気分にさせられる。彼女が瞬きしなければ、本当にそうなっていたかもしれない。
 何を思ったのか、彼女は立聖の腕から抜けだして、ごそごそと赤ん坊の這い這いをしながらソファのところに行く。お尻丸出しの恰好に、笑うべきか叱るべきか、懲らしめたくなる気持ちを散らすにはどちらがいいだろう、と立聖は真面目に考えた。

 起きあがりながら、彼女がテーブルのスマホを手にしたのが見える。
「おい!」
 彼女は何をするでもない。ただ、画面が起ちあがってチラチラしだしたのは見えた。
「勝手に……」
「はい」
 立聖をさえぎり、彼女は素直にスマホを戻す。
「堕天使って違う。あたしはだれにも使われてないし。天使も神様も人間が勝手に作ったものでしょ」
 その答えをみると、彼女はスマホから情報を仕入れたのだ。しかも、手を使って操作することは一切なく。

「おまえ、電波操作できるのか」
 問うと彼女は首をかしげ、立聖はスマホを掲げてみた。
「電波……んーっと、たぶん」
 考えつつ云った彼女は言葉がわかっているのかわかっていないのか、曖昧な返事だ。立聖は息をつく。
「おまえ、どこまで話が通じるんだ?」
「だいたい」
「だいたいって……」
「人間は宇宙に芥(ごみ)撒いてる。うるさい音がいっぱい聞こえてたし、地球におりてるときに、地球の意識さんがそのなかから符合を選んでくれたり教えてくれたりしたから、わかってる」
「ゴミって……」
 眉をひそめると、彼女は天井を指差してぐるぐるまわした。
「あー、衛星のことか?」
 訊ねると、少し考えたあと彼女はうなずいた。そして、立聖のスマホを指差す。
「……それ、スマートフォン――“スマホ”でしょ? その波動に慣れてきたから、わからない符合もゆっくりだったら、スマホなくても調べられるよ」

 なるほど、調べている結果、答えるまでに時間がかかるということか。
 ――と、納得したところで、立聖は自分が非現実的なことを受け入れつつあることに気づいた。現時点で、彼女の思考回路が正常だとは証明できない。それを信じるなんてどうかしている。
 彼女の意思次第では、あるいは彼女を嗾(けしか)けた黒幕の思うつぼで、淫行犯罪になり得るのだ。
 立聖はまったく油断していた自分に苛立つ。リセットするように頭を振った。無意識に煙草を咥えようとしたが、すでに灰になっている。灰が落ちないよう気をつけて灰皿に押しつけ、ソファに座ると新たに一本摘んで咥えた。

「それ、煙草っていう?」
「ああ」
「人間が作ったの?」
「だろ」
「人間て太陽が作れるんだ。“すごい”ねぇ、で合ってる?」
「ああ」

 こんなちっぽけな火が太陽だとは思ったこともなく、立聖は苛立ちもどこへやら、ため息混じりだったが笑わせられた。そうした立聖のくちびるを、彼女は不思議そうに見つめる。細い腕が伸びてくると、立聖はとっさにその手首をつかんだ。昨夜のことをすっかり忘れていたが、無意識下で記憶力が発揮された。

「また火傷するぞ、昨日のは大丈夫か」
「昨日?」
「指だ。赤くなってたし、爛(ただ)れそうだったけど、水を流して冷やしてるうちにあんまり目立たなくなった……」
 立聖は云いながら彼女の指先を見ると、どこにも火傷の痕がなく、言葉は尻切れになった。反対側だったかと思い、左手を取ったがやはり見当たらない。
「治ってる」
「治る?」
「痛くなくなるってことだ」
「うん。おなかのなかも大丈夫。痛くない」

「普通、あんなふうに摘んで、水ぶくれしてたくせになんでもう跡形もないんだ? ……なら、本当に人間じゃないのか……。騙されてるんじゃなく、おれが往生際悪いだけなのか? けど……気の迷いとはいえ、神様とセックス……しかも避妊忘れた。……どうなるんだ? 頭痛くなってきた」
 あっけらかんとした彼女をまえにして、立聖は連々とつぶやいた。

「痛い? 流星はいい気分になれなかった?」
「それは切り離してくれ。……というか、おまえ、これからどうするんだ?」
「どうするって?」
「帰れるのか」
「んーっと……この躰の脱ぎ方わかんないし、人間は地球でしか生きられないって云うから、あたしもそうなのかなぁ」
「脱ぎ方……。なら、そういう世間知らずの状態でどうやって生きてくんだ? おまえ、言葉はわかっても意味をよくわかってないだろ」
「あたしは流星と一緒にいるんだよ。それでよくない? 流星が欲しいから! あたしをイトオシイって希(のぞ)んで流星の人生が終わるまで流星から離れない。地球の意識さんはケントーを祈るって。ケントーって何?」
「がんばるってことだろ」
「ガンバル?」
「きつくても――痛いに似てることだけど、我慢してやり遂(と)げようとすることだ」
 彼女はふむふむと考えているようだが、どうにも考えているふりにしか見えない。
「じゃ、あたし、がんばる!」
 案の定、簡単に宣言した。

 呆れて吐息を漏らし、伴って空中に散った紫煙を彼女の目が追いかける。
「雲みたい、だろうけど、これは煙だ」
 開きかけたくちびるを見たとたん、さして想像力を働かせることもなく立聖が口にすると、彼女の顔がパッと綻ぶ。
 やはり反応が幼児だ。そんな彼女を抱いたことに気が咎める。ともすれば神への、まさに冒涜(ぼうとく)だ。

 立聖はため息をついて煙草を灰皿に捨てると立ちあがった。それを目で追っていた彼女が――
「ああーっ」
 と、突然、雄叫びをあげる。
「うるさい。なんだ」
 何に気を取られているのか立聖の質問は無視され、彼女はテーブルに身を乗りだして手を伸ばした。指先がしわの寄ったティッシュを摘む。
「宝石がない!」
「宝石?」
「これに入ってた。気絶したら、あたしが持ってたの!」
 その説明に立聖も思い当たる。
「宝石じゃない。それに入ってたのは氷だ。火傷は冷やさないといけない。冷たかっただろ?」
「氷っていうの? あれが冷たい? じゃあ冷たいって宇宙と同じ」

 その言葉を受け、立聖は眉をひそめてこれまでのことをプレイバックする。
「冷たいっていうのがわからなかったのか? おまえ、さっきあったかいって云わなかったか? 冷たいってその反対の感覚だろ。あったかいがわかって、なんで冷たいがわからないんだ」
「感覚? 感覚って気持ちのこと?」
 立聖の質問を無視して、彼女は感覚を違う言葉に変える。
 立聖がうなずいて返事をすると、彼女までこっくりとうなずいた。

「あったかいは、地球の意識さんが教えてくれた。あたし、地球が欲しくてここまで来たんだけど、地球が綺麗だって思うことが“気持ち”で、地球があたしのものになったときに生まれる気持ちが“いい気分”で、“あったかい”で、“好き”なんだって!」

 つまり、彼女は堂々と地球侵略者宣言をしたのだ。

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Material by MIZUTAMA.