NEXTBACKDOOR|神様はコールガール!

第1章 無自覚の恋落ち日
3.コールガール宣言

 ドアを開けて一歩部屋に入ったとたん、立聖は立ち止まる。
「何してる」
 意識が戻ったらしい女は、ソファの傍で立聖のスマホを手にして立っていた。

 まさか……スパイか?
 ここにきてようやく合点がいった。
 ガードマンたちの隙をついて部屋に侵入できるのは、スパイか探偵かに決まっている。
 例えば窓をスクリーンにしてプロジェクターで流れ星の幻影を見せ、映像に合わせてどこかに潜んでいた女が立聖に飛び乗る。
 立聖はつかつかと歩み寄ってスマホを取りあげる。
 何も見逃すまいとじっと女を見つめていると、見つかったことに慌てる様子も焦る様子もなく、それどころか、ピンク色のくちびるがめいっぱい綻んだ。
 ……なんだ……。
 何かをつかまれたような不快さが心底(しんてい)に淀む。それはそのまま顔に表れ、立聖はしかめ面で女に向かった。
 そもそもスパイだとして、裸なのは誘惑するためという理由がつくが、言葉がわからないなど致命傷だろう。立つことも歩くこともままならず、火のともった煙草を触れば火傷をするという常識も知らないなど、これほど役に立たないスパイはいない。もっとも、それがすべてこちらを油断させる手段だとしたら、立聖はいま見事に騙されていることになる。

「気絶してたけど大丈夫なのか」
「気絶?」
 女は首を傾けて問い返す。
 何かを云うたびにいちいち説明することになるのか。立聖はうんざりしながら言葉を探す。
「意識を失くすことだ」
 女は何かを思い浮かべているような面持ちになったかと思うと、くちびるにわずかだが笑みを宿らせる。
「気分よかった」
 立聖の説明は通じたらしいが、気絶が気分いいとはへんな感想だ。怪訝そうにした立聖にかまわず、女は再び細い首をかしげた。

「ここ、流星の家?」
 やはり、立聖ではなく、流星と呼ばれている気がする。
「違う。ホテルだ」
「ホテル? 何してるの?」
「強制休暇だ」
「キョーセーキューカ?」
「……つまり、休みたくないのに休まされてる」
「休む?」
「何もしない、もしくは好きなことをするってことだ」
「じゃあ、休んじゃえばいいのに」
 女は軽く受け合う。おまえにわかるか。そう云い返すかわりに立聖は首をひねった。ソファに躰を投げだすように座る。
「そういうわけにはいかない」
「どうして?」
 本当に聞きたがっているかのような声音だ。
 スパイか、そうじゃないか、その疑問は払拭できていない。黙りこくっている間、女もまた立ったまま黙って部屋を見回していた。物珍しげで、好奇心いっぱいという雰囲気だ。

「途中で、これなあにそれなあにって訊くなよ」
 と前置きをしてから立聖は語りだした。
「祖父は及川ホールディングスっていう会社の会長だ。証券業界じゃ大手の及川証券を筆頭に、多くの傘下企業を持つ。五年まえ、及川を継ぐはずだった親父が病気で死んだ。当然、祖父の未来構想図はおれに及んでくる。プレッシャーじゃあるし、考えたようにならないこともあるけど、逃げたいと思ったことはない。がむしゃらにやってきた。祖父は、跡を継ぐ以前の問題として、おれが親父みたいにワーカホリックだってことに頭を痛めてるらしい。家に帰っても仕事の材料はそろってるし、つまり、仕事との接点が何もないホテルに幽閉されたってとこだな。おれからすれば、体力があって頭がやわらかいうちに叩きこむべきだって思ってるけど」

 女は立聖の要請どおり、云い終わるまで黙って聞いていた。そうして細い首が不思議そうにかしいだ。
「でも、何もしないって気分いい。いつもと違ったことすれば、新しい好きも見つかる」
「新しい好き? おまえの好きなことってなんだ」
「星を眺めること。宇宙はとーっても広いからいろんな星があるんだよ。新しい好きは、気絶!」
 立聖は口を歪めると、首を振って息を吐いた。
「変わってるな。それはともかく、気絶とか休みっていう日本語もわからなかったよな? ハーフか? どこの国の生まれだ?」
 立聖は無駄かもしれないと思いつつ、矢継ぎ早に質問を並べ立てた。
「国って訳のわからない支配圏のこと? あたしには関係ないけど」
「関係ないってことはないはずだ。服はどこだ? ないなら買ってくる。そして家に帰れ」
「あたしには家なんてない。地球にも、宇宙のどこにも」

 その答え方は、大げさというには違う。ごくごく真剣に答えているように見える。立聖はあらためて女を上から下までゆっくりと眺めた。染み一つない、透きとおるような肌、躰は若干細めだが曲線は完璧といってもいい。そうすると、どこか人間離れしているようにも思えた。立聖は無意識に、窓の外のすっかり暗闇になった宇宙を見上げた。

「おれが寝惚けてたわけじゃなくて、まさか本当に空から来たっていうんじゃないだろうな。てっきりコールガールまで提供されたかと思っていた」
 残る可能性はそれだ。祖父が手配をして立聖が食事をしている間に女を忍ばせた。これがいちばんしっくり嵌まる。
「コールガール?」
 女はきょとんとして訊ねた。立聖は視線を彼女に戻して、答えるのも面倒くさく首をひねってすませた。
 すると、手からスマホが奪われる。女は操作するでもなく手に持っているだけだ。
「何やってるんだ?」
「流星、これなあに?」
 女は部屋の片隅にある特大テレビを指差した。立聖がそれを振り向いた直後、スイッチが入り、映像が流れた。

『あんっあっあっ……』
 めいっぱいのボリュームでそんな声が延々と部屋に満ちる。

 立聖は呆気にとられ、見知らぬ男女のセックスを見つめた。

 いわゆる――も何も、それ以外に云いようのない――エロ映像がネット上にまかり通っているのは知っている。こういうのを見なくとも、立聖は充分にリアル生活のなかで間に合っていた。
 一度か二度、友人同士のばか騒ぎの延長で見たことはあるが、ここまで露骨に映るものはなかった。明らかに違法だ。と、気づいたのはしばらく時間がたってからだ。

「バカっ」
 慌ててリモコンを探し、テーブルの上にあったリモコンを取って即行で電源を落とした。直後、ドアがトントンと音を立てる。
「あの……及川さま?」
 ドア越しにおずおずとしたような声が響く。立聖は額にかかる髪を掻きあげながらため息をついた。
「なんでもない。おれはちゃんと休むから一切干渉しないでくれ」
『承知しました。では、明朝までごゆっくり。失礼いたします』
 しっかりした足取りが遠ざかっていく。
「絶対、勘違いしてやがる」
 自分の顔が引き攣っていくのがわかる。そんな立聖にかまわず、女は興味津々、にっこりと立聖を仰ぐ。

「流星、さっきの、あたしとおんなじだよね!」
「何が」
 あからさまに不機嫌な声で云ったところで、女には効力がない。
「“あんっ”って云うの!」
 自分で胸に触れたときのことを云っているのだろう。立聖はいったん目を逸らし、そして大きく息をついた。
「服を調達してきてやる。そしたら帰れ」
「服?」
「着るものだ」
 立聖はシャツの襟をつかんで示した。女は興味なさそうにちらりと見ただけで立聖を見つめる。

「だから帰るとこないの。あたしは地球が欲しいんだけど、そのまえに地球の意識さんからこの星の住人になってみろって。そしたら、お話し合いしてくれるんだって」
 とんでもない話に立聖は顔しかめる。訳のわからない話だが、いちおう女の云い分を聞いて話を合わせなければもっとわからなくなりそうな気がした。
「……地球の意識さんてのはなんだ?」
「んーっと、この星の持ち主」
 は?
 どうやったら会話が咬み合うんだ?
 つい今し方、譲りかけた努力がすでに水の泡になりそうな気配だ。
「……ってまさか……いわゆる神様じゃないよな」
「人間の符号だったら、そーとも云うんじゃない?」
「……なら、おまえはなんだ?」
「あたし? ……んー、地球の意識さんと同じなんだけど、ずっとずっと若くって……地球の意識さんが云うには生まれたてなんだって」
「……神様が裸で何してるんだ?」
「裸じゃだめなの? だって人間は裸で生まれてくるんだから裸が自然だと思うけど。流星も裸になれば一緒!」
「そういう問題じゃない」
「だから、さっきの、しよ?」
「なんだ?」
「だから、あたし、コールガールになるの!」
「……勝手になってろ。疲れた。じいさんの云うとおり、休むべきなんだろう。こんな気分になるのははじめてだ。神様ならウチがなくても適当に飛んでいけるだろ。おれがシャワー浴びて寝てる間にさっさと消えてくれ」

 立聖は立ちあがるとバスルームに行った。
 ほぼ無意識に服を脱いで、バスタブには湯を溜めることなくシャワーで汗を流した。
「まったくなんだ。これが夢だとしたら、欲求不満か、相当ストレス溜まって現実逃避したがっているのか。どっちだ?」
 と云い終わる頃に自分が独り言を云っていると気づき、立聖はがっくりとうなだれる。
 現実に、だ。バスルームを出て、まだ自称神様女がいたらどうする?
 よりによって神様だとか有り得ないだろう。
 ……けど、もし本当に神様だとして……邪険にすれば罰当たらないか? 代々まで祟(たた)られることになったらどうするんだ? ……といっても、立聖に結婚する気がなければ、後継者が生まれるはずもなく、立聖で終わることになるだけの話だ。
 いや、現実を考えてみろ。いま考えていたことは非現実的なことばかりだ。

 流しっぱなしのシャワーのもと、頭を振ると飛沫が散る。
 無駄なことを考えていることには違いない。
 立聖はリセットするように頭を掻いてからシャンプー液を手にすくった。
 憑き物を落とすかのごとく、頭から足の先まで乱暴に洗ったあと、ガウンを羽織り、髪は乾かさないままバスルームを出た。
 すると、立聖の希望的観測は見事に外れ、女は変わらずいた。その様子は、テレビにかじりついている、というのがぴったりだ。

『……あぅっ、あ、イっちゃうっあっぁああ――』
 呆れ果てる、というのはこういうことらしい。
 女に近づいていくと、見間違いでなければ、うっとりと眺め入っている。奥手すぎるのもどうかと思うが、これはこれで微妙だ。
「神様がこんなもん見るか?」
 立聖は画面を消した。テーブルから煙草と灰皿を取ると身をひるがえし、掛けぶとんを剥がすことなくベッドに寝転がった。煙草を咥えて火をともす。
 この自分が一向に解決策を見いだせないとはどういうことだ。そんな焦れったさも、ひと晩眠れば、やはり夢だったと起きられるのか。空から飛んできたからには、また飛んで帰れるはずだ。神様でなくても。

 立聖が無視しているなか、視界の片隅で不自然なくらいじっとしていた女はやおら動きだすと、ベッドに近づいてくる。ベッドに上がったかと思うと、投げだした立聖の足を跨がった。
「流星は綺麗。あたしは?」
「……。髪は茶色かピンク。おかっぱロング。目は何色だ? 二重パッチリ好奇心丸出し。アヒル口にアップノーズ。背も全体的なイメージもちっこい。年は二十歳前後。以上だ」
「綺麗?」
「重い。帰れ」
 実際のところは重みなど感じないのだが、女が云われたら腹を立てるだろうことも、この女は意に介せずといった様子だ。
「流星、イトオシイって何?」
「さあな。経験ないからわからない」
 唐突な質問に、眉をしかめながら答えると、女は迷子になったように心もとなさを見せる。
「……。でも、まだ流星の人生は終わらないよね?」
「なんのことだ」
「イトオシイまでがんばろうと思って」
「は?」
「だから、しよ?」

 まったく話が見えない。なんの手立てもなく袋小路に追いつめられた気すらしてくる。
 女が何をするつもりか察する間もなく、ガウンの紐が引っ張られた。一回絡ませただけの紐はするするとほどけていく。止めなければという意思が発生するまえにガウンがはだけられた。
 一瞬、唖然とし、女がまじまじと立聖のモノを眺めているのを眺めていた。そして眺めるだけにとどまらず――
「バカっ」
 立聖のそれは小さな指先につつかれた。

 立聖は躰をねじると、手に持っていた煙草をベッドヘッドに置いた灰皿に押しつけた。女に向き直り、跳ね起きようとした寸前。
 うっ。
 どけと放つつもりが、口から音が発せられた瞬間、呻き声に変わっていた。
「……くっ、何をした」
 立聖は仰向けのまま、躰の要所要所を括られてベッドに磔(はりつけ)にされていた。指先だけは動くが、肩と手首も足首などの節々が縛られて、それ以上は躰がどうにもならない。女をじろりと見上げる。
「動いちゃダメ。流星、気分よくない。だから、いい気分にしてあげる」
「よけいなお世話だ」
「あたしには逆らえないんだよ。あたしは意識を外に出せるけど、流星の意識は小さすぎるから簡単には人間から出られない」
「理解不能だ。とにかく、おれのいい気分はその気にならないかぎり無駄なことだ」
「いいから!」
 女は強引に立聖の意思を退け、オスをつかむというよりは握りしめた。

 ぅっ。
 セックスしたのはいつが最後だったか。女の手は快楽を甦らせる。そろりと撫でられると、甦るだけでなく感覚として反応する。立聖は腰もとに投げだした手を握りしめ、快楽を堪えようとするが唸るような声が漏れてしまう。繰り返されていくうちに、その気にならないという立聖の意思を裏切りオスははっきりと慾心をあらわにした。
「流星、テレビのなかよりおっきいっ? いい気分?」
「無理やりされていい気分もあるかっ。生理現象だ!」
「ふうん……」
 ばかすぎるほど無邪気な感想に半ば脱力した気分に陥り、がなり立てたが、あいにくと、女はオスに興味津々でまるで堪(こた)えていない。
 あろうことか女は口を開いた。目的は自ずと知れる。その舌は驚くほど熱を持っていた。けっしてうまいとは云えず、だが、たどたどしいからこそよけいに煽られる。立聖のオスも内部から熱を生みだしていた。懸命に耐えているにもかかわらず、女はその努力を無駄にする。まるで美味しいものをまえにした獣さながらにぱくりと咥えた。

「うっ、やめろっ。無理やりは好きじゃないって云ってる!」
 口を開けば耐えきれない。そう思って歯を喰い縛っていたが、そうしても結果は見えて、立聖はめいっぱいの自己主張を込めて声を張りあげた。
 その効果はあったようで、オスに纏わりつく舌が離れた。女はわかってやっているのか、解放される寸前、名残惜しいように吸いついてキス音を立てた。
 うっ。
「いまの、“うっ”ってテレビの男と同じ。テレビの男はもっとやれとか気持ちいいとかって云ってたのに」
「だから、おれはおれだ!」
 訴えると女は眉をひそめて、どうやら考えこんでいる。
「あたし、流星をいい気分にさせられなくて、だから、イトオシイにはなれない?」

 うっ。
 今度呻いたのは女だった。
 その瞳から涙がこぼれる。
 なんで泣く。泣くようなことを云ったか?
 そんな疑問を抱きつつ見守っていると、立聖の脚の上にのった女はなぜか天井を見上げる。次には手で自分の頬を撫でた。
「流星、これ何?」
 女は自分の目を指差している。
 そこか。立聖は息をついた。
「涙、だ」
「なんで流れるの」
「悲しいからだろ」
「悲しい?」
「自分で考えろ。面倒くさい」
「うっ」
 再び涙が流れる。
 これしきのことでなんだ?
 立聖は再びため息をついた。
「いまの気持ちが悲しいだ。たぶんな」
「流星のいい気分はどうやったらできるの」
「おれに主導権をくれたら気分よくなれる」
「主導権? 合体してくれるの?」
 伸しかかるようにしながら、期待に満ちた顔が真上にくる。
「合体……。後腐れのない女としかやらないんだけどな」
「……あたし、きっと腐れないよ? 人間被ってるけど人間じゃないし、でもコールガールって好きだから」
「意味、わかってないな」
 女は首をかしげた。

 滑稽でコケティッシュにしてあどけないこの女が本当に神様かどうかはともかく、普通じゃないことはこの動かない躰が証明している。女が云うところの合体をすれば、興味も薄れて立聖のまえから消えるかもしれない。
「まあ……コールガールってことは確かに後腐れないはずだ」
 理屈をつけながらも、駆り立てられた欲求を抑制できていないというのが実情だ。立聖は口にしたことで、さらに自分を甘やかして抑制を解いてしまう。
「でしょ?」
 立聖のくちびるが歪んだ笑みを浮かべる。
「たまに違うことをすれば、新しい好きが見つかるかもしれない、か……。そうだな、嫌なことじゃない、というのは確かだ。なら……おい、早くおれを放せ」
「うん」

 呆れるほど浮かれた返事と一緒に拘束は解かれ、立聖は素早く体勢を逆転させた。見下ろした瞳は、なんの陰りもなく立聖を見つめる。その瞳にいざなわれたのか、自分の意思か、立聖は顔をおろした。
 くちびるとくちびるを合わせる。ふわりとした感触は綿菓子にキスしているようにやわらかい。くちびるを舐めると、くすぐったいのか、笑い声が立ち、立聖はその隙を狙って舌を入れた。口内に笑い声がこもる。
 頬の裏側を舐め、歯の並びに添って舌を滑らせる。そして彼女の舌に絡んだ。
 いつの間にか笑い声はしなくなり、かわりに乱れた呼吸が立聖の口のなかに侵入する。
 甘い。そんな味覚を感じるキスははじめてかもしれない。味わいすぎて、彼女を追いつめているらしいと気づき、立聖はくちびるを放した。

「いまのスキ?」
「キス」
「キスって気持ちいい」
 脱力するほどの感想に、立聖は吹くように息をついた。女の脚を割り、その間におさまると、躰の中心を合わせた。オスの先端が彼女の反応を捉え、ぴくりと反応する。
「あんっ」
「ヌルヌルしてるのがわかる」
「ヘン?」
「いや、敏感なほうがいい」
 立聖はのどの奥で笑う。女の腰もとからわき腹へと手を這わせ、胸のふくらみをふもとからすくいあげるようにつかんだ。重力をものともせず、ふくらんだ胸は立聖の手にちょうどいい。
「あ、んっ」
 こねるように揺り動かすと、女は躰をうねらせる。指先で胸のトップを弾くと、跳ねるように背中を反らせる。つついたり、くねらせたり、そうして彼女の反応を見ながら、その実、立聖自らが昂ぶらされている。

「あ、あんっ、あ、うっんっ……」
「エロい神様ってどうなんだ?」
 立聖は自分の反応を紛らせるように含み笑った。
 女は閉じていた目を開いて見上げてくる。その瞳は、泣いていたときのように潤んでいる。
「胸と……おなかの奥がヘン……あふっ」
「嫌か? どうする?」
「もっと!」
 立聖は笑いですませられず、唸るような息を漏らした。
「もちろん……おまえの反応からするとはじめてだよな。おれはヴァージンを相手にしたことないからよくわからないけど、いくら神様でも痛いかもしれない」
「痛い?」
「煙草を触ったときと似てる感覚だ。さっきは気絶したけど、どうする?」
 その質問は、ずるくて小さなある種の賭けだった。

 やめると云ってくれ。
 そうすれば、制御できるはずだったが。
「合体する!」
 考えもなしに答えは返ってきた。
「はっ。もっと色気のある云い方できないのか」
「イロケ?」
「もういい。行くぞ」
「イク?」
「それは繋がってからだ。ちゃんとイカせてやる。はじめてでもな。少し我慢しろ」
 不思議そうに立聖を見上げる女はどこまで言葉が理解できているのか。慾を入り口に当て、立聖はつつくようにしながらゆっくりと潜らせた。

「あ、あ、あく――っんっあぅ――」
 同じ悲鳴でもさっきまでとは違うトーンの声があがる。背中を浮かせるのは痛みに耐えているせいに違いない。一気に行くべきか、じわじわと進むべきか、どちらがらくなのか立聖が選択を淀んだのはつかの間、つらい時間が長引くよりも、どうせ突破するならできるだけ短く痛みを乗り越えさせたほうがいいと結論づけた。
 もっとも、それは云い訳にすぎないのかもしれない。
 慾をくるむ熱は纏いつくようで、立聖の感度を絶えず刺激している。急くような気持ちを抑えなければならない。
 立聖は女の腰をつかみ、ぐっと自分を押しつけた。悲鳴を堪えているのはあまりの痛みのせいだろう、華奢な躰が反り返る。そうして、まさに抉るような感覚に伴って良心の呵責を覚えながら、躰の中心を密着させた。
 セックスはこんなにも窮屈で熱を持っていたか。立聖は歯を咬みしめて、呻き声をやりすごした。そのうち、こわばっていた女の躰がわずかに弛(たゆ)む。

 立聖は一つ深呼吸をして口を開いた。
「どうだ、やめるか」
「……う、はっ……まだ痛い?」
「突破した。違和感はあると思うけど、これ以上に痛いことはないだろ」
「我慢? する」
「もう我慢じゃない。我慢とかさせてたまるか。すでに欲に負けている以上、最低限のプライドは保持しないと弁明の余地がなくなる。あとはいい気分になれ」
 腰をつかんだ右手を中心へと滑らせると、花片から突起へと親指でこねる。とたん、そこから女の全身へと痙攣が伝う。
「うぅあああんんっ」
「くっ」
 敏感な躰は、体内もそうで、立聖のオスを締めつけた。自分からは動くことなく快楽を抑圧しながら、女の快楽点を攻め続けた。やがて、細い腰がうねり始める。痛がっている様子はもうなかった。

「あっ、流星っ……あふっ、んんっ……太陽に近づいてるみたいっ」
「それは……っ……熱い、だ」
「……う、あ、あん……どっか、飛んでいっちゃいそうな、気分」
「そのまんまイケ」
「やだっ……流星と、いる……んあっ!」
「だから、おまえがイったらおれもイク」
「んっ……一緒?」
「ああ。イクぞ」
「うん――んあっ」
 立聖はゆっくりと動きだした。女のなかは、腰を引けば縋るように纏いつき、沈めていけば呑みこむように絡みつく。そして最奥に到達すれば、くちゅっと波打ち際のような水音を立てる。
「あぅんっあっあっあ、あ、あうっ」
 うねる腰は小刻みにふるえだした。それは、身ぶるいするような痙攣に変わっていく。
「りゅーせーっ、んぁぁああああ――っ」

 ひと際、甲高い声が長引き、そして小さな躰は驚くほどの力を見せて跳ねた。逃さないようにと腰をつかんだ手に力がこもる。彼女のなかは激しい蠢動(しゅんどう)を重ね、立聖を奥へと導くようだった。ストロークもままならず、吸着されるような感覚に堪えきれなかった。
 立聖はこもった咆哮を放ち、同時にぶるっと躰をふるわせながら熱を放った。
 互いの快楽の振動が刺激し合い、快感が続いている。頼りない躰を隠蔽するようにのしかかり、首の下と腰の下それぞれに腕をくぐらせ、立聖はなんの意図もなく、ただ心底からの欲求のままに強く抱いた。

 その躰から意思が消えたのはその直後だった。
 刹那、立聖は慌てたが、合わせた胸からは呼吸が感じとれて、耳もとにも呼吸音が聞こえる。感じすぎて気絶したのなら、それはそれで立聖のプライドをくすぐる。
 躰を離すのがもったいない気になるのはなぜか。
 ばかげてる。
 何がだ。
 すべてがだ。
 立聖は自問自答をしたすえ、ため息を笑い声でごまかした。

 女を押し潰したまま眠るわけにはいかない。そんな良識だけは働き、立聖は躰を繋いだまま、ふたりの躰を横向きに変えた。繋がっていられるほど、自分がまだその気であることの証明だった。
 一度ですませられないこの感覚はなんだろう。
 その答えを見いだすことなく、立聖は目を閉じた。

NEXTBACKDOOR

Material by MIZUTAMA.